- 武蔵坊弁慶
- 「おぬしのような忠義の者がいて遮那王殿もご満足なさっているだろう」
- 春玄
- 「忠義の者? ……ああ、そうか。そういうふうに、見えるよな」
- 春玄
- 「けど遮那王は、俺のことを家来だと思ったことはない。少なくとも今まではな」
- 武蔵坊弁慶
- 「ふむ? では、おぬし自身に源氏との結びつきはないのか」
- 春玄
- 「いや……俺の父は、今は亡き源氏の棟梁、義朝様にお仕えする侍だった」
- 春玄
- 「だが、俺たちは父たちとは違う。
俺と遮那王は、子供のころから一緒に育って主従関係という形から切り離されていた」 - 春玄
- 「だから──俺は遮那王のことを守ると決めているが、それは、主従を結んでいるからじゃない」
- 武蔵坊弁慶
- 「そうか」
- 春玄
- (実際のところ、俺たちの間柄にはなんと名前をつければいいんだろう。
幼馴染というのも、なんだか違う気がする) - 春玄
- (俺が家来として遮那に忠誠を誓う……そんな未来が、もし来たら)
- 春玄
- (その時……俺は今まで通り遮那の傍にいられるんだろうか?)
- 遮那王
- 「う……ぅん……」
- 遮那王
- (なんだ……誰かが話している。この声は……)
- 遮那王
- 「……春玄?」
- 春玄
- 「気づいたか。どこか調子の悪いところはあるか?」
- 遮那王
- 「いや……いや、ないが……あれ? 春玄? どうして?」
- 遮那王
- (川に飛び込んで、そのあとの記憶がない。意識を失って──)
- 遮那王
- 「す、すまない! 私は大丈夫だ、もう歩ける」
- 春玄
- 「顔色を見る限り、大丈夫そうだな。よかった……」
疑問を口に乗せた瞬間、思い出した。
長い長い夜のこと。
武蔵坊を追い、平家と戦った。