- 平 知盛
- 「どうしてそのように離れた場所に座っているのかな? まさか私を警戒しているのかい?」
- 平 知盛
- 「手酌も嫌いではないけれど、
せっかくそなたがいるのだからその美しい手で酌をしてくれまいか」 - 源 義経
- 「誰がお前に酌など――」
- 平 知盛
- 「ふふ……」
- 源 義経
- (いや、この者のことだ……私が嫌がるとわかって敢えて言っているのかも)
- 源 義経
- 「…………」
- 平 知盛
- 「…………」
- 平 知盛
- 「何故、酌をしたんだい?」
- 源 義経
- 「お前がしろと言ったのだろう」
- 平 知盛
- 「そなたは、絶対にしないと思っていたのだが」
- 源 義経
- 「そのつもりだった」
- 源 義経
- 「その裏をかいて酌をするのも嫌だな、と思った」
- 平 知盛
- 「ふふ……ならば何故?」
- 源 義経
- 「まだだったからだ」
- 平 知盛
- 「まだ? 一体なにがだい?」
- 源 義経
- 「まだお前に礼を言っていなかった」
そのどこまでも楽しげな口ぶりに、私は黙って睨み返した。
私は立ち上がると知盛の傍へ行き、膳に置かれた徳利を手にとる。
そして知盛の持つ盃に酒を注いだ。
私は正直に答えた。