- 遮那王
- 「春玄!」
- 遮那王
- 「よかった……」
- 平 知盛
- 「そう、無事でよかったね。彼らはこれから京を離れ、遠い土地に落ち延びられるだろう」
- 平 知盛
- 「そなただけが、ここにいる。一人取り残される気分は、どんな感じかな」
- 遮那王
- 「……見捨てられたと思っているのか?」
- 平 知盛
- 「そなたが一人、残ったともいえるかな。いずれにせよ、よい選択だ」
- 平 知盛
- 「そなた自身、逃げ切れるとは思っていなかっただろう」
- 遮那王
- 「……!」
- 平 知盛
- 「そなたは源氏の子──何処へ行っても、その運命はついてまわる」
- 平 知盛
- 「その名、力、進むべき道──そなたは生涯、負わなければならないのだ」
- 遮那王
- 「…………黙れ……」
- 平 知盛
- 「逃れることはできないよ、源氏の君。何度も言っただろう」
- 遮那王
- 「黙れ……っ!」
- 遮那王
- 「…………っ!?」
- 平 知盛
- 「そなたにはわかっていたはずだ。ずっと考えていたことだろう。だから太刀筋が乱れた」
- 遮那王
- 「何を……っ」
- 平 知盛
- 「そなたを捕まえただけ。そうされたいと思っていたから、望みをかなえて差し上げたんだよ」
- 遮那王
- 「私は、私はそんなこと望んでいない!」
- 平 知盛
- 「そうかな。そなたは宿命に抗わず、ただ逃げようとしただけだ」
- 平 知盛
- 「源氏という宿命から──そなた自身の宿命から、ただ逃げようとしただけ……」
- 平 知盛
- 「私はね、遮那王。宿命の風に身をゆだねるのも悪くないと思うのだよ」
- 平 知盛
- 「私の元においで。宿命の風に身をゆだねる花びらとなって私に囚われなさい」
湖の上を、舟が渡っていた。
春玄のほか、弁慶も吉次も見える。
供回りの者たちも、無事なようだった。
他に舟はない。
平家の者たちは追いきれなかったのだ。
太刀を振りかざした。
体重を乗せて、振り下ろそうとした。
その瞬間――
ふわりと知盛は一歩を踏み出し、間合いにすべりこんで私の手首をつかんだ。
気付いた時には遅かった。
花に触れるような柔らかな仕草――
それなのに、つかまれた手首はびくともしない。
こちらを覗き込む瞳に囚われそうになる。
私は必死に睨みつけた。