- 遮那王
- 「武蔵坊弁慶。助けてくれたこと、礼を言う」
- 遮那王
- 「その上で──このことは、他言無用に頼む」
- 武蔵坊弁慶
- 「……承知した」
- 遮那王
- 「では、春玄行こう。寺に戻らないと」
- 春玄
- 「だが……」
- 武蔵坊弁慶
- 「待たれよ」
- 遮那王
- 「なんだ?」
- 武蔵坊弁慶
- 「たったそれだけで、よいのか」
- 遮那王
- 「どういうことだ?」
- 武蔵坊弁慶
- 「拙者が承知したと言っただけで、それを信じると?」
- 遮那王
- 「お前に助けられたのは事実。だから私は、お前の言葉を信じる。それだけだ」
- 武蔵坊弁慶
- 「……左様か。然らば……」
- 武蔵坊弁慶
- 「この武蔵坊弁慶を、遮那王殿の家来にして下され」
- 遮那王
- 「……は? 急に何を言いだすんだ!」
- 春玄
- 「遮那王の家来だと!?貴様は、京を騒がした悪党だろう!」
- 武蔵坊弁慶
- 「然り。だが、五条橋で負けた相手が
源氏の末子・遮那王殿だと知った時から心に決め申したのです」 - 武蔵坊弁慶
- 「この決意に偽りはござらぬ。認めていただくまでお願いするのみ」
- 遮那王
- 「何故だ。お前のように力ある者が私に仕えたいなど」
- 武蔵坊弁慶
- 「いいえ、遮那王殿の強さには及びませぬ。事実、昨夜は完膚なきまでに叩きのめされ申した」
- 武蔵坊弁慶
- 「拙者が従うべきはあなた以外にござらぬ。どうか、拙者を家来に」
武蔵坊はしばらく黙り込んだが、絞り出すような声で応えた。
春玄が何かを言いかけたがそれよりも早く、弁慶が口を開いた。
切迫したような真剣な目で、武蔵坊が私を見つめた。
長刀がかすかに揺れて、小さく鳴る。
彼の目はなおも真剣さを増し、私を見つめ続ける。
それから、ゆっくりと閉じられた。
武蔵坊はおもむろに膝を折ると、私の前に頭を下げた。