光を通せば透けるような、白い髪。
顔の半面を覆う、仮面のような意匠。
美しいラインでしなり、
脈動を続ける細い喉――。
それら全てを併せ持つ、1人の歌姫。
彼女の発する旋律(アリア)に、
この場にいる全ての人間が
圧倒されていた。
もちろん声の大きさにではない。
その歌声の美しさと透明さに、だ。
楽器の音色が【包む音】だとすれば、
彼女の歌は【駆け抜ける音】だった。
彼女が喉を震わせる度に、
見えない風が一瞬にして押し寄せ、
心臓を鷲掴みにする。
そして掴まれた心臓は
鼓動という新たな楽器を使い、
脳へと幻想を送る。
ここではないどこかの景色が。
自分ではない誰かの感情が。
聴く者の脳に写り、再現されていく。
――この時。
同じ空間にいた二千の聴衆は
たった1人の例外もなく、
彼女が紡ぐ世界に囚われていた。