特別室

動画Twitterセット店主の日記
10月11月12月1月2月4月

「ただいま~……いやぁ、今日は疲れた疲れた」
「あっ、丁度良かった! お帰りなさ……あっ!」
「な、何だよ?」

 俊介さんが手にしている沢山の贈り物の山。私が渡そうとしている物によく似ていた為、慌てて後ろに隠す。

「何でもない……」
「……お前、今何か隠しただろ?」
「か、隠してないって!」
「ふーん……ところで今日は……」
「覚えているわよ。今日はバレンタインの日でしょ?」
「ほ~、覚えていたか。んで、俺に渡すものは?」
「な、ないわよ!」
「なんだ、つまんないなぁ」

 今日は二月十四日、西洋ではバレンタインの日と呼び昔から祝われているそうだが、日本では殆ど知られていない。この日は婦人から同年齢の殿方に贈り物をする(中身は何でもいいとのこと)という決まりがあり、贈り物を渡し受理されれば三月十四日には倍の価値があるものを“お礼”として貰えるという……何とも変わった日である。

(しかも贈り物は一つに限る、って言っていたっけ……)

 事の発端は先月、秋一さんの誕生日の話をしていた時だ。
弥島家に遊びに来た秋一さんに誕生日の話を切り出されたが贈り物を用意していなかった。元々私には誕生日を祝う習慣がなかった上に弥島家の人達だけの決まりだと思い込んでいた為、秋一さんの分まで気が回らなかった。そのことを詫びると「誕生日はいいから来月よろしく」と言われ一体何の話かと訊ねると、バレンタインについて二人に教えて貰った……というのが切っ掛けである。
しかしどうも二人にからかわれているようで、自分なりに調べることにした。

「来月倍返しなんだからさぁ……鉛筆一本が万年筆になるんだぞ?」
「怪しいなぁ……」
「まだ疑ってんのか? この贈り物の山を見ろって。みーんなお返し目当てなんだぜ?」
「何を貰ったの?」
「さーなぁ……まだ見てないから分からないが、どうせ洋菓子じゃないか?」
「倍返しなのに洋菓子? 例えばどら焼きひとつなら何を貰えるの?」
「んー……愛?」
「さーて、仕事しよっと」
「ちょ、ちょっと待てって!」

 バレンタインのことを旦那様やきくちゃんに聞いても知らないと言われたが、その後喜龍に訊ねてみると、婦人から殿方に贈り物をする日として西洋では祝われているらしいと教えてくれた。だが喜龍もそれ以上の詳しいことは分からないというし、書店に行って調べてみても“バレンタイン”という単語だけは見つけることが出来ても、何をどう祝う日なのかは結局今も分からず仕舞いだ。

「倍返し? へぇ……そんな決まり事があるのね。もしそれが本当なら物は試しって言うでしょ? 給金で買える範囲でいいじゃない。何でもあげてみたら?」

 ……という喜龍の助言により、和菓子を包んで貰うことにした。もちろん喜龍に後押しされただけで、元々倍返しの魅力がなかったわけではない。

「……お前さ、何か歩き方、変じゃない?」
「えっ!? あ、あはは……背中がね、少し痛いかなーなんて……」

 背中に押しつけた贈り物を見られないよう壁伝いに歩くが思いっきり怪しまれてしまう。もっと小さい箱にすれば良かったと後悔するも遅し。

「背中が痛い、ねぇ……ま、いいけど……あーっ!」
「えっ、どうしたの?」
「あそこ、ほら!」
「え、何? どこ? ……あっ!!」

 その刹那、押しつけていた贈り物を取りあげられてしまう。私よりもずっと身長の高い俊介さんに取り上げられては取り返せるはずもない。

「やっぱ何か隠していると思ったんだよなぁ……これ、俺にくれるんだろ?」
「あ、うん……一応……」

どら焼きの包みを捨てて自分なりに飾り立ててみた。その後渡す相手を思案する。先月の誕生日の件もあるので最初は秋一さんに渡そうと思ったのだが、ここに来た頃から考えると色々あった仲だ、秋一さんには申し訳ないが俊介さんにあげることにした。

「ねぇ、本当に騙してない?」
「騙してないって。さぁて、何だろな~?」
「ここで開けるの!? 部屋で開けた方がいいんじゃ……」
「部屋で見てもここで見ても中身は一緒だろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「本人目の前にして開封ってのがオツだよな」
「はぁ、いい趣味してるね……」

 目の前で包みを開かれる行為に慣れず小っ恥ずかしい気持ちになり、顔をつい背けてしまう。

(でも……よく考えたら、来月お返しをくれるとしても、その後すぐ実家に戻ることになるのよね……)

「ったく……お前らしいね。どら焼き三つとは」
「だ、だって私の給金じゃそれが精一杯だもの……他の人達より劣るだろうし、お返しなら要らないわ」
「何で?」
「来月の十四日よね、お返しの日。その後しばらくしたら実家に帰ることになるでしょ? 何だか餞別みたいになりそうで嫌かな、って……」
「そーだな……」

 俊介さんはそう短く言うと、沢山の贈り物の山を小脇抱え、黙って私のあげたどら焼きを食べ始める。

「……ん、お返し。俺が二つ、お前が一つ。これじゃ倍返しどころか半分以下だな」
「でもいいわ、ありがと。実は自分が食べたかったものを買ってみたの」
「そんなことだろうと思ったぜ」

 一つだけ戻ってきたどら焼きを手にし、台所に行こうとすると引き留められた。

「どうしたの?」
「やっぱりさ、来月お返しするよ。俺がそうしたいし」
「どら焼き二つ分の倍返し?」
「ばーか。いいから期待しとけ」
「うん、楽しみにしておくね」

 そして私は台所へ、俊介さんは二階へと足を向けた。それぞれが別々の道を行くように。