特別室

動画Twitterセット店主の日記
10月11月12月1月2月4月

「うーん……どうして本みたいに膨らまないんだろう?」

 クリスマス特集と書かれた雑誌を購入し、ケーキ作りに朝から時間を費やすが本に載っているような形にならず苦戦していた。

「恭介さんがいたら聞けるんだけど……」
「四男が何だ?」

 この日は休みらしく昼に起きていた惣介さんが台所に顔を出す。

「あ、いえ……今日はクリスマスなのでケーキを作っていたんですけど……」
「それが? 俺には巨大なせんべいに見えるが」
「せんべい……」

 全く膨らまないケーキをせんべいと呼ばれさらに落ち込む。これ以上材料を無駄にするわけにはいかないので目の前のせんべいを何とか工夫するしかない。しかし……

「恭介さんに聞けば何が失敗の原因なのか分かると思ったんです……」
「しかしあいつは割烹店の料理人だ、洋菓子のことを聞いても無駄だろう。例えるならコカブに天文学天体のことを訊ねるのに等しい。一般には馴染みのない天文学だが、月や太陽、それに星といった言葉を用いることにより……」

 惣介さんのうんちくが始まった為、私はケーキ製作の続きに取りかかる。しかしせんべいと呼ばれた平べったい生地は硬く、どう工夫してもケーキの土台になりそうもない。とりあえずケーキ作りは諦めて別の方法でクリスマスを祝うことにした。

「……おい! 人の話を聞け!」
「はい、どうぞ」
「……これは?」

 惣介さんにサンタに仮装する赤い衣装を手渡した。婦人用と男用と一着ずつある。先日商店街の人が持って来てくれたものだ。

「商店街の人が貸してくれたんです。クリスマスはこれを来て商店街を盛り上げよう! ということだそうで……」
「何故俺が?」
「たまたまいらっしゃったので……お時間、ありませんか?」
「夜までならある」
「でしたら着替えて一緒に商店街を盛り上げましょうよ! あ、商店街は無理ですよね、でしたらせめて家の中だけ……って、はぁ~、人の話を聞かないのは惣介さんだって同じじゃない……嫌なら置いていってくれたらいいのに」

 私が話している途中で姿を消したところをみると、やはり惣介さんでは無理があったのだ。もちろん幸介さんでも裕介さんでも無理だろうし、恭介さんなら協力してくれたとしても今日は仕事、俊介さんは格好が悪いからといって絶対に嫌がるだろう。仕方がないので自分の分だけ袖を通してみた。

(……へぇ、帝都の人ってこんな風に祝うのね。本格的だなぁ……あ、帽子まである!)

 全て装着した頃惣介さんが戻って来た。

「どうだ? これで俺も俗物的な立派なサンタになったぞ。何だ、お前もサンタの格好をしているのか。相変わらず偽物が好きとみえる」
「偽物、って……」
「よし、では商店街に行くぞ」
「やめておいた方がいいと思いますよ。年末の大売り出しもしているので凄い人混みですし……大丈夫ですか?」
「ふむ……では家の中だけにしよう。お前には近付いても吐き気はないのだが」
「きっと慣れたからですよ」

最初の頃は近付いただけで吐き気を催していた惣介さんも、この頃になると慣れたらしく私に対してもきくちゃんに対しても目眩はするが吐かないようにはなっていた。だがりん子さんだけはどうしてもだめで、未だに家の中でも避けている。
惣介さんは巨大せんべいに近付くと、手に取ってまじまじと眺めた。
「味は美味しいと思うんですけど、どうにも固くて……」
「せんべいだからな」
「違うんですけどね……」
「これは俺が預かる。さて、長男達に見せびらかしてやるか」

 そういって失敗したケーキもどきを持って台所を出て行った。

「あの格好、結構気に入っているのかも。クリスマスってお祝いしていなかったのかなぁ……そういえばクリスマスツリーもホコリだらけだったし、昔はお祝いしていたけど止めちゃったのね。もしかしたら倉庫にサンタの衣装があったりして……じゃあ惣介さんも小さい頃にサンタの服を着て町中を自慢して歩いて……」
「し・て・な・い」
「痛っ! わざわざほうきで叩かなくても……!」
「独り言を声に出して言うからだ」

 自慢したのか出来なかったのか、私の予想より早く台所に戻ってきた。見ると手に何か持っている。

「巨大せんべいを俺が星形にくりぬいてやった」
「あっ!? ひどい……! ぼろぼろじゃないですか!」
「切った時は形になっていたのだが……これではクリスマスツリーの上には飾れないな」
「星ならもう飾っていますよ?」
「あれは偽物だろう? いわばコカブ、お前と同じと言えよう。以前の北極星はコカブと呼ばれ、それがいつの間にか今の星にすり替わり、過去の存在となったその時!」
「はいはい、掃除しますね」
「何故いつも最後まで話を聞かないんだ!?」
「じゃあ聞きます」
「……もういい」
「ですよね。掃除、続けていいですか?」
「仕方ない、続けろ。俺はこの俗物衣装を長男達に見せてくる」

 そしてまた出て行った。惣介さんとはいつもこんな感じだが最初の頃に比べれば会話の数も増えたほうだ。結局この日、惣介さんは寝る前までずっとサンタの格好で過ごした。