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馬車に乗っているときとは違い、強い風が顔へと直に吹き付けてくる。
宙に浮いた足元は心許なく、僅かな揺れにも身体がぐらついた。
今にも落ちてしまいそうな感覚が恐ろしくて、とても目を開けられそうにない。
- ギスラン
- 「身体の力を抜け。馬に緊張が伝わる」
- ヴィオレット
- 「で、でも……!」
- ギスラン
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「俺が支えているだろう。おまえが暴れなければ落ちることはない。
黙っておとなしく座っていろ」
- ヴィオレット
- 「そうは言われても、やっぱり怖いわ……!」
- ギスラン
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「……視界を塞いでいるから、無駄に恐怖心が増すのだ。
思い切って目を開けてみろ」
- ヴィオレット
- 「…………」
- ヴィオレット
- (……怖い、けれど。ギスランがそう言うのなら……)
- わたしは思い切って、固く閉じていた目を開けてみた。
- ヴィオレット
- 「あ……」
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――遮るものが何もない。
開けた視界いっぱいに、パルテダームの全景が広がっている。
普段見ている景色と同じはずなのに、遥かに広大に見えるのは何故だろう。
- ギスラン
- 「どうだ。これでもまだ怖いと言うか?」
- ヴィオレット
- 「……いいえ」
- ヴィオレット
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「――すごいわ。こんな感覚、生まれて初めて!
ありがとう、ギスラン。あなたのおかげで、また新しい発見ができた……!」
- ギスラン
- 「……っ」
- かすかに頭上で息を詰める気配を感じ、顔を上げようとしたそのとき――
- ギスラン
- 「別に……、礼を言われる筋合いはない。おまえを乗せたのは、ただの気まぐれだ」
- 憮然と聴こえたギスランの声は、常の不機嫌とは少し違う感情を含んでいる気がした。