エスト「……すみません」
ルル「…………」
エスト「すみません。聞こえていますか。起きてください」
ルル「え……?」
淡々とした呼び声に、私が目を開くと――。
目の前には陽光を背にして、私の顔を覗き込む少年の姿!
絹糸みたいなさらさらの黒髪に、人形のように整った顔立ちの彼が佇む姿はまるで一枚の絵のよう。
きれいな子だなあって見とれていたら、彼の突き放すような声が聞こえてきた。
エスト「……まだ寝ぼけているんですか。
目を開いているなら開いているなりの対応をしてほしいものですが」
ルル「え……」
エスト「ひょっとして外国の方ですか。僕の言葉は通じていますか?」
ルル「も、もちろんわかるわ!ちょっとびっくりしてただけ!」
エスト「そうですか。……ところで、あなたにひとつ訊ねたいんですが」
ルル「う、うんっ!」
寝ている間によだれがこぼれていないか、寝グセはついていないか確認しながら、私は彼の言葉に大きく頷いて見せた。
エスト「……ちょうどこの辺りに、メモが落ちていませんでしたか?白くて小さな紙なんです」
ルル「メモ?」
あわてて辺りを見回したけど、それっぽいものは見つからない。
ルル「ううん、見てないけど――」
ルル「え……?」
お尻の下から音が聞こえて、腰を上げてみると――。
ルル「あ」
今まで私が座っていた場所に、くしゃくしゃになったメモがひっそり落ちていたのだった。
エスト「それが僕の探し物です。
どうやらあなたを起こした意味はあったようですね」
ルル「ご、ごめんねっ!?私、気づかなくて……!」
エスト「……もういいですから、謝るヒマがあるなら、さっさと返してくださいませんか」
ルル「は、はい……」
男の子はメモを受け取ると、ぐしゃぐしゃの紙を伸ばして文面を確認しているみたい。
ルル「だ、大丈夫……?読めなくなってたりしない?」
エスト「……特に問題はありません。
名前など消えてもいい部分だけが読みづらくなっている程度です」
ルル「よかったあ!ちょっと安心したかも。名前の部分だけなら――」
ルル「……って、あ!自己紹介もまだだったよね!」
ルル「私、ルルっていうの!これからよろしくね!」
エスト「そうですか」
ルル「えっ?」
男の子は私の言葉を軽く流すと、そのまま帰ってしまおうとする。
ルル「──ま、待って待って!」
思わず引き止めてしまった私は……
ルル「あの。あなたのお名前を、聞かせてほしいんだけど……」
エスト「別に知る必要はないと思います。だから教えたくありません」
ルル「そ、それじゃ困るわ!」
エスト「……何故ですか」
ルル「だって、次に会ったときに、なんて呼んだらいいかわからないじゃない!」
エスト「……それも簡単な話です。呼ばなきゃいいじゃないですか」
ルル「う、うう……」
なんて鉄壁の防御なんだろう。
まるで私の言葉なんて少しも届いていないみたい!
……だけど、ちょっと強引だったかな。
彼もすごく嫌がってるみたいだし。
ルル「あの……その、無理に名前を聞き出そうとしてごめんなさい。
押し付けがましかったよね?」
ルル「私、この学校に来たばっかりで、まだ知ってる人がすごく少なくて」
ルル「だから仲良くなれたらうれしいと思ったんだけど、迷惑なら仕方ないよね……」
話しているうちに悲しくなってきて、私が思わずしょんぼりしてしまうと、彼は疲れたようにため息をついた。
エスト「……あなたは編入生なんですね。道理で見かけない顔だと思いました」
エスト「僕のことを知っているなら、わざわざ話しかけてきたりなんてしないはずですし……」
ルル「えっ?」
エスト「名前を知れば仲良くなれるという、あなたの発想は理解できませんが」
エスト「僕たちがお互いミルス・クレアにいる限り、2度と顔を合わせないわけにもいきません」
ルル「そ、それって……」
エスト「僕の名前はエストです。……これで満足ですか?」
ルル「う、うん、満足! 大満足!」
エスト「……何を喜んでいるのか知りませんが、あなたと仲良くなるつもりはありませんよ」
ルル「それでもいいの!ありがとう、エスト!」
エスト「……変な人ですね、あなたは」