「景星節まで、あと5日か……。
景星節は毎年あったのに、今年はなんで、こんなに落ち着かないんだろうな。多分、お前が成人するからだ。
……もし、お前に求婚する男が現れたら……って。
ずっと不安なんだ。ううん、違うそれだけじゃない。
何かが変わっちまうような気がするんだ。どうしてだろうな。
この年になるまで、俺たちは一緒に育ったのに。昨日だって、いつも通り一緒にご飯を食べたし、一緒に蛍を取りに行った。
……ずっと、変わらないでいられたら良かったのにな。
お前も、俺も、変わらないまま、ずっと一緒にいられたら良かったのに。
な、なんて心配しすぎても良くないよな!
お前だって不安に思うし。……うん。きっと大丈夫だ。
明日も、明後日も、いつも通りでいられるよ。
だから、俺と一緒に蛍を取りに行こう。
――それで、一緒に夕飯を食べるんだ。いいだろ?
――それで、5日後を一緒に迎えよう。俺とお前の二人で、さ」
「お嬢さんと会うまで、あと4日……か。不思議だな。
いつもマツリカ村へ行く時は、ここまで楽しみじゃなかったんだが……今は、早く会いたくてたまらないんだ。この先に何かが起きる予感がする。
一体、何なんだろうね。ま、こんな予感ってのは気の所為だろうけどな。
オレは直感ってやつはあんまり信じないんだ。
人間にそんなもんがあるなら、これまで避けられた危険がもっとあったはずだろ?
……だから、今回も何とかなるさ。オレは一人でも平気だ。
――それでも、今は何故だか想像しちまうんだ。
お嬢さんと過ごす、平穏な日々ってのをね。
……4日後に会えるのを楽しみにしているよ、お嬢さん」
「――景星節まであと3日、か。
あの村では、今頃支度に皆が忙しくしているのだろうな。
ふっ、辺境の村で行われる祭りがどうであろうと、私には関係ない。
――そのはずだが、今年はやけに気にかかるな。
今朝、妙な夢を見たせいだろうか。
……夢、か。不吉の予兆でなければ良いが。
いや。私が気にする事など何もない。
いつも通りに、公子太傅としての務めを果たすまでだ。
それと――我が玖家の役目さえ、忘れなければ良い。
……だが、備えあれば憂いなし、とも言うからな。
今日は、いつもの倍鍛錬をしておくか。私に失敗は許されぬ。
――当主として、公子太傅として、完璧であらねばならないからな。
ふっ。はっ!! ふんっ、はぁ……っ!」
「あと2日……ようやく私は、この場所を抜け出して民の住まう街へお忍びで遊びに行けるのですね。
ふふ、一体どんな場所なんでしょう。どのような人がいて、どんな建物が建っているのか……私は、何も知らないのです。
楽しみですね、小鳥さん。
――でも、どうしてでしょう。楽しみだと思う気持ちと一緒に、不安のようなものがあるのです。
不安? いえ、違います。これは……期待、でしょうか。
これまでとは違う毎日が待っているような、期待の予感。
――私は、どんな日を迎えるのでしょうね。2日後が、待ち遠しいです。
ふふ。いけませんね、第一公子である私が、このように心を乱されていては。
『温恭(おんきょう)なれ朝夕(ちょうせき)、これを想えばこれに在り』といいますから。今日も、いつもどおりに過ごしましょう」
「約束の日が明日に迫った。――ついにお前に、会えるのだな。
明日、私はお前を迎えに行く。
――お前はどのような顔をするのだろうな。
この日が近づくたび、心が騒ぐようになった。
迷いのようなものがあるのは、何故だろうな。白狼族の祖先たちよ。
――どうか、母なる山から見ていてくれ。
必ずや、やり遂げてみせよう。託された役目を果たすと、白き大地に誓う。
全ては、我が白狼族の命を繋ぐ為。我らが群れの行く末の為に。
――我が花嫁よ。明日、相まみえるのを心待ちにしている」
「ついに今日が来ちまったのか……。なんか、緊張するな。
お前に俺の気持ちがばれるかもしれないってのが、恥ずかしいっていうか、嬉しいっていうか……。
でも、もう不安はないよ。だってお前が一緒にいてくれるんだ。
お前が、笑ってくれるなら、俺はそれでいい。
――何が起きても、お前を大切に思う気持ちは変わらないよ。
……お前の幸せを願ってる。だからさ、一緒に行こう。
――天に翻弄されながらも、ただひたすらに生き抜いた。
異なる民族の使命が交錯し、血胤の宿命を背負う。
これは、語り部のいない古の調べ『マツリカの炯-kEi- 天命胤異伝』本日発売」
「やあやあ、ついに今日を迎えたねえ。お嬢さん。
なんだ、緊張してるのかい?
ははっ、ならこのルヲにお任せを。きっと君の緊張をほぐしてあげるよ。
おっと、オレへの気遣いは不要だよ。緊張するような顔に見えるかい?
世界中を旅して来たんだ。今更、驚くような事は何もないよ。
これまで、一人で生きて来たんだ。これからも、一人で平気さ。
――でもそうだな。
お嬢さんの意外な一面を知られたら嬉しい、なんて思ってるよ。
だからぜひ、オレに会いにおいで。
美味しい珊瑚烏龍茶をご馳走してあげよう。
――天に翻弄されながらも、ただひたすらに生き抜いた。
異なる民族の使命が交錯し、血胤の宿命を背負う。
これは、語り部のいない古の調べ『マツリカの炯-kEi- 天命胤異伝』本日発売」
「青凛公子!! どこへ行ったのですか!
はぁ……。公子太傅であるこの私の目を欺いて逃げるとは……。
いや、違うか。故意に逃げたのではなく、ただはぐれて迷っているだけ、か。
いっそ、自分の意志で逃げ出したのならばまだ行き先を想像出来る分ましだったが……。急いで、見つけなくてはならないな。
――おい、そこの娘。青い髪で背の高い男性を見なかったか。
……そうか。知らぬか。手間を取らせたな。
……全く、どこへ行かれたのか……。
――ん? 今の娘、まさか……。
いや。気の所為だろう。ここにいるはずがないのだから。
……私は、玖 燕來として――公子太傅としてやるべき事をすべきだ。
それ以外の考え事など、私がする必要はない。
役目こそが、私の生きる意味なのだから。
――天に翻弄されながらも、ただひたすらに生き抜いた。
異なる民族の使命が交錯し、血胤の宿命を背負う。
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「ふふっ。ついに今日という日が来てしまったのですね。
……どうしましょう。やっぱり、はしゃいでしまいそうです。
いけませんね。こんなに浮足立っていたら、燕來に怒られてしまいます。
それでも、今日という日に、新しい出会いが待っているような気がするのです。私の命運を変えてしまうような、素敵な出会いが。
ああ、何を着ていきましょう。どんなものを持っていきましょうか。
あっ、そうです。お気に入りの扇子[シャンズゥー]を持って行きましょう。
この模様に描かれた花々が、素敵な出会いに誘ってくれそうな気がしますから。
ああ、燕來が呼んでいますね。――はい、今参ります。
ではいってきますね、小鳥さんたち。お土産話を楽しみにしていてください。
――天に翻弄されながらも、ただひたすらに生き抜いた。
異なる民族の使命が交錯し、血胤の宿命を背負う。
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