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20XX年4月1日――それは、ある動画から始まった。

新宿駅前の大型街頭ビジョンで突如として流れた、警察官らしき人物たちが拘束されている動画。

【汚れた日本を再生するため、これよりX-Dayへのカウントダウンを開始します】

ボイスチェンジャーで加工された音声が、彼ら4人の行った不祥事を次々と暴露していく。
違法捜査、誤認逮捕、暴力団との裏取引、横領、証拠品の捏造、取り調べでの暴力行為、パワハラによる署内での自殺――。

【彼らのような犯罪者には裁きを下す必要があります】
【我々は世界の理を再生させる。弱者が虐げられるだけの世の中を変えるのです】

いたずらか趣味の悪いCMかと観衆がざわつく中、淡々とした不気味な声が、新宿の街に響き渡る。
そして――動画の最後は、この言葉で締めくくられた。

【X-Dayへのカウントダウン Ⅸ】



この動画を皮切りに、凄惨な“カウントダウン”が開始されることとなる。


5月1日――警察官拉致殺害事件。
4月の不気味な動画に映されていた警察官4名は行方が不明のまま、 事件は最悪の形で進展を迎える。
その動画は、4月とは違いネットで全国公開された。

【裁きの時間です】

短い言葉の後、画面の中で銃声が響く。
着ぐるみの頭部を被せられた4名が次々に撃たれていく間、加工された音声が笑みを漏らす。

【彼らは警察官という職に就きながら、罪を犯した罪人です】



4名の“裁き”が終了した後、声が告げた。

【来るX-Dayに向けて、裁きを実行しました】
【これで終わりではありません。我々は今後も、この国を再生するために正義を貫きます】
【我々の名は――“アドニス”】

その瞬間、それまで淡々としていた声のトーンが変化する。

【皆様。この名前、ちゃーんと覚えておいてくださいね?】
【この世界が楽園になりますように♥】

【X-Dayへのカウントダウン Ⅷ】



――その後、警察が現場を特定した時には既に遅く。警察官1名の死亡が確認された。
だが、現場には複数名の血痕が残されていたのみ。他3名の姿は忽然と消えてしまっていた。


6月1日――中学校爆破事件。
新宿区内の中学校で爆発事故が起き、1クラスの生徒全員が死亡した。
発生当初は理科の実験中だったことにより、事故かと思われたが、その被害規模から意図的な事件であると断定。

学校の屋上にローマ数字【7】の文字と5月の事件で現場に残されていたものと同様のコインを発見し、4、5月と一連のテロ事件である可能性が高いと発表された。

現場の状況から指紋が検出できないことに加え、その場にいた全員が死亡しているため、当時の状況には曖昧な点が多い。
爆薬の痕跡は発見されたが、素人でも手に入れられる素材で作られたものだった。
数日前に学祭があり学校関係者以外も多く出入りしていたため、容疑者を絞るのも困難であった。

事件後、6月中旬に“アドニス”と名乗る者がネットに動画を公開する。

【痛ましい事件が起きてしまいました】
【ですがこれは無差別殺人ではありません。死亡した全員が罪人です】
【どれほどの罪を負っていたか知れば、みなさんも納得して頂けるでしょう】
【我々アドニスは哀しみを救済するため、罪人への裁きを続けます】

【X-Dayへのカウントダウン Ⅶ】



警察は一連の事件を“X-Day事件”と名付け、新宿署に捜査本部を設置した。


7月1日――ストーカー男性傷害致死事件。
ある女性を執拗にストーカーしていた男が通行人と揉めた末に殺された。
加害者は現行犯逮捕されたが、当時の状況、周囲の証言などにより正当防衛が濃厚だと思われている。
しかし、加害者が過去、5月のX-Day事件の容疑者として挙げられていた事実から裁判は長引き、12月5日現在、加害者は未だ拘置所に拘留されている。

事件直後、被害者の自宅からローマ数字の【6】と例のコインが発見される。
それにより加害者やストーカー被害の女性のテロ組織への関与が疑われたが、過去の経歴を洗っても根拠となるものは見つからなかった。

8月上旬にX-Dayのカウントダウンと称した動画がネットで流され、7月のこの事件もカウントダウンの一環だと明かされる。

【正当防衛なのに一時でも身柄を拘束される。理不尽だと思いませんか?】
【彼はひとりの女性を救ったヒーローだというのに】
【その女性は昔からストーカー被害を訴えていたにも関わらず、警察は取り合わなかった】
【我々アドニスはこの哀しみを見過ごせず、被害者に代わり裁きを下しました】

【X-Dayへのカウントダウン Ⅵ】



【そして――今月はカウントダウン、Ⅴ。近々、再び裁きが下ります】

警察内部ではストーカー被害の女性がアドニスに関与していると推測する声と、アドニスがこの事件を後付けで利用しただけだという声で二分している。


――ネットゲームユーザー連続殺害事件。
この事件は、6月の【中学校爆破事件】に次いで被害者の数が多く、全国に及ぶユーザーの数から、最も世論的に大きく騒がれた事件でもある。

8月2日。
3名の男性が射殺される事件が発生。



殺された場所はいずれも新宿区内だが広範囲にわたり、殺害時間、被害者の年齢などに共通性はなかった。
ただし、現場に残された銃弾にローマ数字【5】の文字が刻まれていたこと、模造困難な例のコインが残されていたことからX-Day事件に関連ありと認識された。

8月5日から7日にかけて、3日連続で3名ずつ、計9名が射殺される。
先の3名も含め、被害者がいずれも【あるネットゲーム】のユーザーであることが共通点として発覚。
警察は警戒を呼び掛けたが、件のネットゲームのユーザーは全国に何百万人とおり、各地でパニック状態となる。
被害者の数を増やし、容疑者を絞り込めない警察への反発が強まった。
だが、様々な問題から捜査は混乱を極める。

・事件現場には決定的な証拠が残されていない。
・現場周辺の聞き込みによる発砲音と死亡時刻が合わない。
・ネットゲームのユーザーは新宿区内だけでかなり多いことから、容疑者を絞りこめない。
・被害者のPCおよびゲームのサーバーデータがハッキングにより改ざんされており追跡は困難な状況。



――そして、8月11日。再び同ネットゲームのユーザー3名が別々の場所で射殺される。
被害者は全員が【新宿在住ギルド】に属しており、実際に新宿に在住していることも判明した。
SNSでは【ゲーム内でのいじめ】が原因ではないかと多数の憶測が溢れる。
ユーザー同士の確執は【新宿在住ギルド】に限ったことではなく、多数のギルド、他のネットゲームでもで起こっていた。
少なからず加担した経験のある者たちは極度に怯え始める。

8月18日。
過去、ネットいじめに加担したことを悔いた自殺者が現れる。この人物は新宿区の人間ではなかった。

8月下旬、再びネットで声明動画が流される。

【無差別殺人だ。正義がない、と仰る方が多いようですね】
【あなた方は知らないだけです。彼らは殺される必要があった】
【裁かれるほどの罪を犯したのです。我々は未来の被害者を救ったのですよ】

【X-Dayへのカウントダウン Ⅴ】



国民はアドニスの凶行に怯えるが、捜査に進展のない警察に対する不信感も大きく膨らんでいった。

――今は新宿に限られた事件だが、アドニスが新宿外にまで目をつけたら?
――ゲーム内のいじめで殺されるならば、次はどのような【罪】で裁きが行われるのか?
――次は、自分の番なのではないか。

この事件がきっかけとなり、現在の【新宿隔離措置】および【新宿区限定の銃刀法解除】を決定づけたと言われている。


――9月7日。
X-Dayへのカウントダウンと称して、 【4】のローマ数字とアドニスのコインが映った動画がネットに流れた。

【自分はこの世界から必要とされていない。そんな風に思ったことはありませんか?】
【生まれて来たことが間違い。存在する意味がない。未来を望めない】
【そんな世界を作り出したのは、誰でしょう? 本当に不必要なのは、誰でしょう?】
【絶望の色を生み出した人間に、アドニスが正義の裁きを下します】

【X-Dayへのカウントダウン、Ⅳ】



同日、独り暮らしをしていた蜂須賀兼はちすかけんがアパートで首をつっているのを交際相手が発見する。
警察の調べによると、自殺を装った他殺であることが判明。
現場にはローマ数字のみが残され、コインは見つからなかったが――警察はX-Day事件である可能性が高いという見解を強め、捜査を進める。
ほどなくして、事件当日に被害者のアパートを訪ねた男がいたことが判明する。

男の名は砂森雄毅すなもりゆうき
10年前に被害者と同じフリースクールに通っており、交流があった。
現場に残されていた指紋が一致し、警察は容疑者として身柄を確保した。
砂森は【自分は選ばれた人間】だと話し、アドニスが事件現場に残す例のコインを所持していた。
解析の結果、コインは寸分違わず過去のX-Day事件のものと一致。

これらから警察は砂森を犯人と断定し、捜査は打ち切られた。


――10月7日。
X-Dayへのカウントダウンと称し、【3】のローマ数字とアドニスのコインが映った動画がネットに流れる。

【僕は、私は、俺は――。この世界から必要とされていない】
【幸せを望むことを許されなかった。この世に生まれ落ちたその時から、『いらないもの』だったのです】
【だから、我々も捨てましょう。哀しみを作り出すものを壊しましょう】

【X-Dayへのカウントダウン、Ⅲ】



9月と酷似した動画に捜査本部は警戒したが、9月の実行犯である砂森は起訴され拘置所にいたため、犯行は不可能。
加えて、当日は事件らしいものは起こらず死者が出たという報告もなかった。
しかし動画が流れた翌日、砂森は拘置所で首をつって自殺する。

X-Day事件における唯一の手がかりを失い、事件の真相は……闇の中となった。


11月5日――交通事故偽装事件。
トラックと白バイの衝突事故により、2名が死亡した事件。
当初はただの事故かと思われたが、監視カメラの映像等により信号が操作されていたことが判明し、事件性があると認識される。

警察庁の高度交通管制システムがハッキングされ、乗っ取られたモニターにはローマ数字【2】の羅列が映り出されたこと、被害者のうち1人の手に例のコインが握られていたことから、X-Day事件に関連するものとして捜査が始まった。

――その後、アドニスからの声明動画がネットに流される。

【世の中には、生きてはいけない人間がいます】
【保身、顕示欲、承認欲求、優越感――それらを満たすためだけに他人の尊厳を踏みにじる者】
【醜い欲にまみれた自我を持つ人間たちに、我々アドニスが正義の裁きを下しました】

【X-Dayへのカウントダウン、Ⅱ】



――ついにカウントダウンが【1】となる12月。
元警察の男たちが集まるビルに、一通の手紙が届く。

それは、アドニスからの殺害予告だった。

【X-Dayへのカウントダウンとして、12月6日、0時0分に新宿苑で1人の女性を毒殺します】
【助ける方法はただ1つ。下記に書いた解除コードを女性が付けている首輪に入力してください】
【尚、警察に知らせた場合は、女性をすぐに殺します】
【もし彼女を救えたとしても、首輪の存在は明るみにしないでください。我々は首輪を通じ、彼女とあなた方の動向を監視させて頂きます】
【我々の意にそぐわない行動をとった場合、彼女の命は保証しかねます】

この夜から、物語は始まりを告げる――。