オトメイト『終遠のヴィルシュ -ErroR:salvation-』
- 庶民区の一角にひっそりと建っている、
俺の家にしてどんな依頼でも引き受ける便利屋の店。
- だが今回の依頼人は直接ここに訪ねてくることはなく、
手紙で俺へと依頼を伝えてきた。
- その、内容は――。
- 「――迷子の老犬の捜索依頼ぃ?」
- 「うん、名前は『エール』。俺が抱えられるくらいの、小柄な子だって」
- 「その手の依頼は今までにも何度か引き受けてきたが、
どーにも実入りが少ねえんだよなぁ……」
- けど、ヒューゴは却下することなく。
- 「ま、決定権はお前にあるしな。
それを受けるなら他の依頼は俺に任せとけ。
今は幸い、薪割りの手伝いぐらいしか入ってねえし……」
- 「ありがとう、さすがヒューゴは頼りになるね」
- 「は。今更、当たり前のことを聞くんじゃねーよ」
* * *
- 「年老いた犬? 知らないね。
老犬っていうからには、体も相当弱ってるんだろう?
どうせその辺りで野垂れ死んでるんじゃないか」
- お礼を言ってから、
マルシェの一番大きな通りで毎日商売をしている彼らから離れる。
- 「いくらアルペシェールが狭い国だからって、
やっぱりそう簡単には見つからないかぁ」
- 頭をかいて一人呟く。
だが諦めず、俺は次の捜索場所へと移動した。
* * *
- その後も数日間――
俺は時間がある限りエールを探し続けたが、
それこそ国中を走り回って行方を追っても見つからなかった。
- そして、とある日の夜。
自警団の巡回を行いつつエールの姿がないか探し、
それも空振りに終わったあと。
- 「うーん、どこに行っちゃったんだろう……!
エールの体力を考えると
そう遠くには行ってないと思うんだけど……」
- 「――まだ例の犬を探してるのか」
- 教会の椅子に座りながら唸っていた俺に話しかけてきたのは、
自警団のリーダーを務める友人・アドルフだ。
- 「……あれ?
俺、アドルフにそのこと話してたっけ?」
- 「お前が昼夜問わず走り回ってるもんだから、庶民区中の噂になってるぞ」
- 無茶も大概にしろと軽く小突かれ、ごめんごめんと俺は謝った。
- 「何も寝る間を惜しんでまで探す必要はねえだろ。
今日のところは家に戻って休め」
- 「いや……時間がないから、そういうわけにもいかないんだ」
- 「……時間がない? それはどういう――」
- 意味だと、アドルフが聞く前に。
カタン……と、教会の扉から物音がしたが、開く気配はない。
- 「……? なんだろう」
- 疑問に思い近づくと、
扉の隙間に一通の手紙が差し込まれているのを見つけた。
- 俺宛だ。けれど差出人の名前はない。
いったい誰からだろうと、封を切って中身を改める。
- 『――本日。便利屋さんが探している犬らしい子を、
薬草を摘んでいる際に森林のほうで見かけました。
一瞬のことですぐに見失ってしまったため、
確信はありませんが……何かお役に立てればと思い、
手紙をしたためさせて頂きました』
- 「…………!!!」
- 読み終えた瞬間、俺は弾かれたように顔を上げた。
- 「心配してくれたのにごめん、アドルフ!
俺、まだ帰れそうにないや……!
――ヒューゴと一緒に、依頼を達成してくる!」
- 「…………無茶だけはするなよ」
- 返事をしてから、俺は教会を飛び出した。
* * *
- 「…………。
手紙が私――死神からだって、気づかれていないわよね?
少しぐらいは、お役に立てればいいけど……」
* * *
- 急いで着替え、別の場所に住んでいるヒューゴと合流。
そのまま手紙に記されている森林の奥まで全力で走った。
すると――。
- 「見つけた……!」
- おぼつかない足取りの、皺だらけの老犬。
見つかったのはいい。だが。
- 「あの先には崖が……!」
- エールは自分が【死】に向かっていることに気づかず、
飼い主の男性を探し求めて、ふらふらと歩み続け――。
- 俺たちが到着するまであと少しというところで、その身を宙へと投げ出した。
- 「エール!!!!」
- ――気づけば俺は、考えるよりも先に崖から飛び降りていた。
- 「――バッ、イヴ!!!!」
- ヒューゴの悲鳴に近い絶叫が聞こえたが、一度飛び出した以上は止まれない。
- 「間に合え……!」
- 一瞬だけすれ違った斜面を蹴り、速度を上げて必死に手を伸ばす。
なんとか届き、俺はエールを両腕で抱え直して落下を続け――そして、腕の中で震える小さな命に。
- 「――大丈夫、絶対に! 間に合わせてみせるから!」
- 応じるように、クゥン、とエールが鳴いた瞬間。
俺の意識は、背中と頭に走った強い衝撃で途切れた。
- ……。
- …………。
* * *
- 「――まったく、肝が冷えた。
ここに木々が生えていなければどうなっていたことか」
- 「クゥン……キャウン……」
- 「あぁ、心配はいらないよ。
出血こそしているが、命に別状はないだろうさ。
拙いが――私のほうで手当てをしておこう」
- なにせ、彼には――。
- 「これから大きな試練が待ち受けているんだ。
……こんなところで死なれてしまっては困る」
* * *
- ――数時間後。
- 目を覚ました俺は、
急いで迎えに来たヒューゴと無事に再会した。
その時には既に包帯によって処置がされており、
てっきり彼がしてくれたのだと思ったが、どうやら違うらしい。
- 一体誰が……と、疑問を抱く暇もなく、
やっとの思いで保護したエールと飼い主の再会の時が訪れた。
- 扉をノック。中から小さな声が響き、そして――。
- 「………………あぁ、エー……ル……
……戻ってきて、くれたん、だな。……げほっ、ごほっ……!」
- か細い呼吸をしながら、
ベッドに伏せたまま起き上がれない青年を見て――ヒューゴもすべてを察したようだった。
- エールをそっと床に下ろせば、
すぐに彼が横になっているベッドへと寄り添う。
- …………そう、この依頼主はもうすぐ23歳。
アルペシェールに巣くう【死神の呪い】によって、息絶える。
- 「この子とは……ずっと一緒に生きて、きてね。
俺の寿命が――迫っているのは、わかってたんだけど。
リライバーになって、延命しても、
大きな感情ほど失われ……引き継げないっていう、メモリーの……仕様で。
この子に向ける【愛情】が……失われてしまうかも、しれないだろう?」
- だから。
- 「延命を……止めて。
エールと……残りの時を全うしようと思ったんだ」
- その言葉を聞いたヒューゴが、ハッと俺のほうを見る。
- 「お前……だからあんな急いでエールを探してたのか」
- 「……うん。
手紙にははっきり書いてなかったけど、
字が、か細くて途切れ途切れだったから……。
もう書く気力も残っていないんじゃないか――って」
- そのまま男性は嘆きも悲しみもせず。
エールを優しく撫で続けながら――夜が完全に明けると共に、
穏やかに息を引き取った。
- そして飼い主を見送ったエールもまた、
数日後に彼を追うように眠りについたのだった。
* * *
- ――たかが犬のために延命を諦めるなんて、馬鹿な奴だよ。
- そう言って、彼の選んだ道を大半の人は理解できないと呟く。
- でも俺は――
これも一つの【あい】の形なのではないかと思うのだ。
- 「……このお人好しめ。
命や感情が消耗品のこの国じゃ、その性格は損しかしねえぞ」
- 「はは。俺だって、
見返りを――【あい】を求めてやってるわけだからね。
お互い様だよ」
- 俺もあの一人と一匹のように、
素敵な……唯一無二の大きな【あい】を向け合える相手と、
いつか巡り会いたいと――。
- 【あい】に殉じた彼らを思わずにはいられなかった。