路地の一角で赤い光が揺れている。
遠巻きに眺める人々の中に、さっきの彼はぽつんと立ち尽くしていた。
ルル「あ、あのっ――」
何を話せばいいかなんて考える前に、とにかく声をかけてしまったときだ。
ルル「きゃ……!」
ユリウス「レーナ・ベントゥス――風よ、払え」
ルル「えっ……!?」
こちらに飛んできた火の粉を見事な風の魔法で吹き飛ばしてくれた彼を、私はどこか呆けたように見上げた。
なんて――。
なんて、鮮やかでムダがないんだろう。
前の学校でも、先生や友達の魔法ならたくさん見てきたけれど……。
特に気負う様子もなく、こんなにアッサリと魔法を発動させる人は初めて見た。
ユリウス「下がってた方がいいと思う。さっきから火の粉が飛んでるから」
ルル「あ……」
ルル「ありがとう!でも、あなたは大丈夫?」
ユリウス「大丈夫なように、こうして風で防いでる。早く消した方が良さそうだけど――」
ユリウス「……あれ。なんだ、ここに手がいた」
ルル「えっ?」
ユリウス「悪いけど、手伝ってくれる?あの火を消す方法はあるんだけど、2種類の魔法が必要なんだ」
ユリウス「どっちも簡単な魔法なんだけど、同時に発動させるには手が足りなくて」
ユリウス「治安維持隊が来る前に済ませたい。早くしないと燃え広がりそうだ」
ルル「…………」
私は、おばあちゃんの杖をぎゅっと握った。
……すごく、どきどきする。
ルル「わかったわ、私も手伝う!」
ユリウス「そうだ、名前」
ルル「私? ルルっていうの。あなたは?」
ユリウス「ユリウス。……じゃ、よろしく」
ユリウス「君は水を呼び出してくれるだけでいい。窓の辺りを狙って、大きな水の玉を作って」
ユリウス「俺はその水を、風で建物の中にぶちまける。室内に雨を降らせるようなものだ」
ルル「わ……、わかった。水よね、うん!」
水、水……!
とにかくいっぱい水がいるんだ。
杖を構えながら、必死に集中する私。
窓の辺りを狙って――。
ルル「……あ!」
窓辺にある鉢植えに、火が届いてしまいそう。
せっかく咲いたお花が燃えちゃう!
ユリウス「レーナ・ベントゥス。水の運び手、炎の侵略を阻む雨とせよ」
ルル「あっ……、いけない!えーと、水、水――」
隣で魔法を発動するユリウスの声に焦り、あわてて杖を構える。
けれど――。
ルル「レーナ……」
そう唱えかけた瞬間、鉢植えに炎の手が伸びるのを見た私は――。
ルル「わああああっ、ダメーっ!!お花を燃やさないで!!」
ユリウス「……………………えっ?」
ルル「あっ……」
構えたままの私の杖から、まばゆい光が放たれる。
そしてその光は、ユリウスが作り出した風に運ばれて建物の中に入り込み――。
ルル「…………」
光が消え去った後、そこに現れた光景に、その場の誰もが言葉を失っていた。
ルル「……やっちゃった……」
誰のせいかなんて言うまでもない。
……私だ。
どう考えても、私のせいだ……。
杖を持つ手が震えた瞬間、肩をポンと叩かれる。
ユリウス「ちょっと、聞いていいかな?」
ルル「……っ、ごめんなさ――」
ユリウス「今の魔法はなんだどうやったらあんな律を無視した魔法が使えるんだそもそも君は何者なんだ教えてくれ!!」
ルル「……え?」
ユリウス「どう考えてもありえないというか火が消えたということは水も確かに発動していたはずなのに――」
ユリウス「あの木はそしてあの花は一体なんなんだ水と地の魔法が混ざるなんてありえるのかとにかくすごいだが意味がわからない!」
すごい勢いでまくし立てるユリウスに、私は唖然としたまま声も出なかった。
早口の言葉はよく聞き取れなくて、どうして彼がこんなに興奮しているのかわからなかったけど――。
ルル「あの。……怒って、ないの?」
ユリウス「怒る理由がない。だって面白いじゃないか、君の魔法」
ルル「面白い?」
ユリウス「ありえない。非常識極まりない。とにかく意味がわからない!」
ルル「うう……」
ユリウス「俺はそういうのが好きなんだ。どうしたらそんな魔法ができるのか、ぜひ調べてみたい」