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  • カマルの踊り子１ 「ねえ、あそこのお客様、素敵じゃない？」
  • カマルの踊り子２ 「ふふっ、あなたいつもそればっかり。　私だったら――」
  • 踊り子仲間たちが客席を見ながら小声で囁きあう。
    その時、不意に似つかわしくない声が客席に響いた。
  • カマルの客１ 「おい！　少しぐらいいいじゃねぇか！」
  • ？？？ 「あ、あの……」
  • カマルの客２ 「お前たちは、俺ら客を楽しませるためにいるんだろ！」
  • シリーン （あれは……）
  • 酔っ払った男二人に絡まれているのは、間違いない。
    親友で給仕係のアイーシャだった。

    この店で、ああいった客は珍しい。
    紹介制であるため、身分の不確かな者はおらず多くは、国の要人ばかりだからだ。

    けれど今晩は珍しい客が紛れ込んでいるらしい。
    これも、国外の客が増えたからだろうか。
  • シリーン （仕方ないわね）
  • あと少しでショーが始まるが、アイーシャが絡まれているのは看過できない事態だった。
  • シリーン 「ちょっと行ってくるわ」
  • カマルの踊り子１ 「えっ、ちょっとシリーン！」
  • 踊り子仲間らの制止を無視して客席に降りる。
    目指すは、アイーシャの元だ。
  • カマルの客１ 「いいから、隣座れっつってんだろ！　言うこと聞けねえのか！」
  • アイーシャ 「だからやめ……っ！」
  • シリーン 「お客様」
  • カマルの客１ 「ああ？」
  • 声をかけると、アイーシャに言い寄っていた男二人が一斉に振り向いた。

    呼気が酒臭い。
    彼らはずいぶんと泥酔しているらしい。
    きっと、曖昧な注意では意味がないだろう。
  • シリーン 「ここは、お客様方のような方々が来るような場所では御座いません。
    　お引き取り願えますか？」
  • カマルの客１ 「あぁ！？　なんだお前。　俺たちは金払ってんだぞ。　なんか文句あんのか！？」
  • カマルの客２ 「おいおい、止めとけって。　この女、わざわざ顔をヴェールで隠してんだぞ。
    　見苦しい顔してんのかもな。わははは！」
  • アイーシャ 「なっ！　シリーンはカマルいちの……」
  • シリーン 「アイーシャ」
  • 食ってかかろうとするアイーシャを止め、男たちに微笑む。
  • シリーン 「女性に相手して貰えない腹いせに悪言を吐いては身の程が知れます。
    　……見苦しいですよ、お客様」
  • カマルの客１ 「なっ！」
  • カマルの客２ 「なんだって！？　喧嘩売ってんのか！」
  • 顔を赤くして男らが殴りかかってくる。
    でも、彼らは酔っている上にただの素人だ。
    相手にもならない。

    ひらりと拳を交わすと、周囲からどよめきが上がった。
  • カマルの客１ 「くっ！」
  • カマルの客２ 「うわっ！」
  • 私を狙った拳が宙を切り、勢い余って男らがそのまま地面に転ぶ。
  • シリーン （他のお客様は……無事ね）
  • 視線だけで周囲を確認すれば、多くの客が距離を取った場所でこちらを見物していた。
    巻き込まれた人はいないようだ。
  • シリーン 「アイーシャ、今のうちに行って」
  • アイーシャ 「ごめんね、ありがとう。助かったわ！」
  • カマルの客１ 「くそっ！　こいつ避けやがって！」
  • アイーシャが立ち去ったのとほぼ時を同じくして男らが立ち上がる。
  • カマルの客２ 「なめやがって！」
  • 顔を真っ赤にして男らが再び殴りかかってくる。
    ――その時だった。

    店内の雰囲気が一変し、ステージ袖から踊り子たちが姿を表す。
    一斉に歓声が上がった。
  • カマルの客１ 「こ、これは……っ！」
  • カマルの客２ 「すげえ美人揃いだ……これが、ショーサロン・カマル……」
  • 誰も彼も――遠巻きに見ていた客も、憤っていた男らまでもがあっという間に舞台の上に視線を奪われる。
  • カマルの客３ 「いやはや、さすがですな。
    　噂には聞いていたが、これほどの美女揃いとは……」
  • カマルの客４ 「しかしこれで満足してはなりませんぞ。
    　カマルいちの踊り子『舞妖妃』がまだ出ておりませんから」
  • カマルの客３ 「『舞妖妃』？　そういえば、姿が見えませんな」
  • カマルの客５ 「今日のショーの中心には『舞妖妃』が現れると聞いて見に来たんですがな……」
  • じわじわと戸惑いの声が広がっていく。
    今晩『舞妖妃』が舞台に立つことは周知されていた。
    そのため、それ目当てに多くの客が集まっているのだ。
  • シリーン （さすがに、ステージ裏に回っている時間はないわね。とすれば……）
  • 見回せば、今の騒ぎで皮肉にも踊れるだけのスペースが空いていた。
  • シリーン （これぐらいの広さがあれば大丈夫、か……）
  • 静かに目を瞑れば、聞き慣れた曲が耳に届いた。
    打ち鳴らされる打楽器の音。
    ３、２、１……。

    ――私の、出番だ。
  • カマルの客２ 「な……これはっ……」
  • カマルの客１ 「う、美しい……」
  • カマルの客５ 「『舞妖妃』だ！　彼女が噂の踊り子だぞ！」
  • カマルの客４ 「おお、これが！　なんと優雅な……。噂以上だ……」
  • 鈴が鳴り、指が宙を切る。

    ステップし、跳躍するたびに私の心は少しずつ開放へ向かっていった。

    ――気持ちいい。

    踊るのは好きだ。
    踊っている時はただ音楽に身を任せていればいいから。

    客のことも、自分のことも、全てのこだわりを無くして、ただただ踊りだけに夢中になる。
  • シリーン （そういえばアイーシャは無事戻れたかしら）
  • さりげない仕草で舞台裏のほうへ視線を向ける。
    すると、さっきのお客のほうへこっそり舌を突き出しているアイーシャの姿があった。
  • シリーン （もう、相変わらずなんだから）
  • 幸い、お客は誰もアイーシャの仕草に気づいていないようだった。

    みんな踊り子に――私の踊りに、視線を奪われているから。

    ヴェールを翻して私はその空間を我が物にする。

    子猫をあやすように男たちの視線を惑わすようにふわりと空気をはらませて。

    ――さあ、私を見て。
    代わりに、とびきりの夢を見せましょう。