カイゼ | 「……すまない、遅くなった」 |
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ユヒル | 「カ……カイゼ? いつの間に……」 |
カイゼ | 「ノイルたちを置いて、先に戻ってきてしまった。 君が……気がかりだったから」 |
カイゼ | 「……心細い思いをさせたな」 |
ユヒル | 「あ……いや……」 |
ユヒル | (マントが視線を遮ってくれてる。 さっきまで、あんなに息苦しかったのに 強張った気持ちが溶けてく……) |
ユヒル | (傍にいてくれるのが、こんなに心強い――) |
ユヒル | 「ご、ごめんなさい。 騒ぎを起こすなって、言われてたのに」 |
カイゼ | 「君が謝る必要はない。 ここに立っていただけなんだろう? ならば、騒ぎを起こしたのは周りの人間だ」 |
若い女性 | 「ひっ……」 |
カイゼ | 「少々、過剰に怯える人間がいたようだ。 その恐怖が周りに伝播したか……」 |
ユヒル | (……! ち、近い! まつげが長い……っ) |
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クロード | 「あーあ、こんなにくっつけて。 お前は野山を駆け回った後の子犬か」 |
ユヒル | 「ふ、普通に歩いてただけだよ。 なんで私だけこんなことに……」 |
クロード | 「植物に好かれてるんじゃないか? ああ……髪の毛に絡んでる。じっとしてろよ……」 |
ユヒル | (わっ、髪に手が……!) |
ユヒル | (な、なんでだろう。ちょっと緊張する。 手が触れてくすぐったい。 こういう時って、どこに視線を向ければ……!?) |
クロード | 「そんなビクビクするな。痛くはしないから。 お利口さんにしてられるよな?」 |
モリィ | 「道中、甘やかし過ぎたかな。 少しこのあたりで躾をしておこうか――」 |
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ユヒル | (ひぃっ! て、手が伸びてくる……っ) |
ユヒル | 「……ん? ……あれっ……」 |
モリィ | 「……間抜けな反応だね。 何をされると身構えたのやら」 |
ユヒル | 「い、いや、だって―― ……もしかしなくても、からかいました?」 |
モリィ | 「そうだね。いちいち怯えてくれるから 面白くなってきてるかな」 |
ユヒル | (ひ、ひどい……) |
モリィ | 「ただ、精神的に追い詰められては いないようで何よりだよ。 案外、君は図太いらしいね」 |
ユヒル | 「……図太いって、褒めてます?」 |
モリィ | 「好きに受け取ってくれて構わないよ。 少なくとも僕としては、賛辞のつもりだ」 |
モリィ | 「怯えこそすれ泣きごとは言わない。 店の仕事にしても、自分にやれることを 懸命にこなしてる。そういう姿勢は悪くないな」 |
ユヒル | 「あ、ありがとう……ございます」 |
ユヒル | (また、優しい目をしてる。 どこか懐かしそうに……) |
ユヒル | 「な、なんで、こんな状態に……」 |
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ノイル | 「しーっ、黙ってろ。 ちょうどいい大きさじゃねぇか、この木箱。 さすがに衛兵でも、中までは見ねぇだろ」 |
ユヒル | 「た、建物の陰にだって隠れられたんじゃ?」 |
ノイル | 「見回りしてると案外確認すんだよ、そういうとこ。 こっちは散々、警備の任務もやってんだ。 掻い潜れる場所もわかってるっての」 |
ユヒル | (掻い潜れる場所があるのは そもそもマズイのでは?) |
ユヒル | 「あれっ、なんか甘い匂い。 お酒みたいな、ちょっと大人っぽい……。 ノイルって香水つけてないよね?」 |
ノイル | 「つけてねーよ。調理酒か? じゃなきゃ木箱ン中にあった果物じゃねぇか?」 |
ユヒル | 「そうかな。エキゾチックっていうか……。 なんか肌から香ってくるような 気がするんだけど――」 |
ユヒル | (……! か、考えてみたら、近い) |
ノイル | 「近づいて来たぞ。じっとしてろよ」 |
ユヒル | 「えっ、わ、わかった」 |
ユヒル | (ど、どうしよう。緊張してきた。 隠れてるせいじゃなくてこの距離に 照れるというか……) |
ユヒル | (か……体、大きいよね。がっしりしてる。 この体でずっと守ってくれてたんだ。 昼間も、私のこと背中に庇ってくれて――) |
ユヒル | (か、考えちゃ駄目だ。 なんか熱くなってきた!) |
ドロシー | 「具合はどうですか?」 |
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ユヒル | (あ……ドロシー……) |
ドロシー | 「まだ、目がとろんとしていますね。 無理に話さなくていいですよ。 少し、おでこ失礼します」 |
ドロシー | 「……まだ熱っぽいですね」 |
ユヒル | (あ……手を当ててもらってると ちょっと和らぐ……) |
ドロシー | 「これ気持ちいいですか? 俺、手が冷たいらしいので ちょうどいいかもしれませんね」 |
ドロシー | 「さっき薬も飲みましたし、もう少し眠れば じきに良くなりますよ」 |
ユヒル | 「……ごめんなさい、 みんな、出発したいはずなのに……」 |
ドロシー | 「かすれた声で言うことじゃないですよ。 別に1日くらい、休んでも構いません。 皆さんにとっても休息になります」 |
ドロシー | 「だいたい、刑場に急いで 向かいたがる死刑囚はいませんよ」 |
ユヒル | 「でも、みんな……何か、 他の目的があるように見えたから……。 先を急ぎたいんじゃないかな……」 |
ドロシー | 「だったら尚更、休息は必要です。 生き急いだってロクなことありませんから。 それより、何か欲しいものありますか?」 |
カイゼ | 「君の髪は、本当に黒いんだな。 明かりに透かしても……深い色をしている」 |
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ユヒル | (ひゃっ!? 髪、撫でられてる。 ゆ、指が、くすぐったい……っ) |
カイゼ | 「瞳も、黒曜石のようだ。 俺と同じ色……。だから目を奪われる。 ……心配に、なってしまう」 |
カイゼ | 「俺のように、悲しい目に遭う気がして……」 |
ユヒル | 「……えっ……?」 |
カイゼ | 「この見た目にさえ、生まれつかなければ 俺も幸せに生きられたのかもしれない……。 皆に囲まれ、温かく暮らすことが――」 |
ユヒル | 「温かい暮らしじゃ、なかった……んだよね……?」 |
カイゼ | 「雨風を凌ぐ場所はあった……食事も。 だから充分だったとも言える。けれど……」 |
カイゼ | 「俺は、ただ―― 誰かに……傍にいて、欲しかった……」 |
ユヒル | 「誰かに、傍に……」 |
カイゼ | 「だから君には……寂しい思いを、 ……させないよう……に……」 |
クロード | 「お……起こしたか? 冷えるかと思って、 その、マントをかけようと、思ったんだが……」 |
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ユヒル | 「あ……ご、ごめん。寝落ち、してた……」 |
クロード | 「いや、連日……慌ただしかったし。 お前も……疲れてる、だろうし」 |
なぜかお互い口をつぐんでしまった。 頭の回転が鈍って、会話の続きが思いつかない。 あんな饒舌なクロードでさえ 時が止まったように、目を見開いていた。 | |
ユヒル | (……動け……ない。視線を逸らせない……) |
クロード | 「……お前の、目……」 |
ユヒル | 「えっ……?」 |
クロード | 「真っ黒だと思ってたけど……違うんだな。 明かりのせいか、少し違う色が透けて見える……」 |
クロード | 「案外、お前のこと……ちゃんと 認識してなかったのかもしれない。 ……ずっと、近くにいたはずなのに」 |
ユヒル | 「そ……そうだね。 それは、お互い様かも……ね」 |
モリィ | 「そうだね。狙われてると自覚してて 拐われるなんて迂闊すぎる。 ここで躾しといたほうがいいかな……」 |
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ユヒル | (……! えっ、か、顔が近づいて来てない? ちょっ……待っ――) |
咄嗟に目を瞑る。けれどやって来たのは、 額同士がコツンと触れ合う感触だった。 | |
モリィ | 「……冗談だよ。僕も甘かった。 ……無事で良かった……」 |
ユヒル | (……え……) |
モリィ | 「囲まれて怖かったはずだ。 あんな下っ端とはいえ、君にとっては 抵抗のできない相手。しかも複数人」 |
モリィ | 「ただでさえ見慣れない町並みで 不安に思っていたはずなのに……」 |
体温は感じないのに、何かがじんわりと 胸に染み渡ってくる。 突然のことに驚いて声が出せない。 | |
モリィ | 「きっと手荒にだって扱われた。 痛い思いもしたんだろう」 |
モリィ | 「ここ、痕がついてる――」 |
ノイル | 「なんだよ、泣きそうになって。 つか、泣いてんじゃねぇか」 |
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ユヒル | 「ご、ごめんっ、そんなつもりなかったのに、 どうしてだろ……な、なんか嬉しくて。 今、変な顔してるかも」 |
ノイル | 「いや……悪くねぇよ、その顔。 いいツラ構えになったじゃねぇか」 |
ユヒル | 「それを言うなら、ノイルだって。 なんか……さっぱりした顔してるよ」 |
ノイル | 「そうかもな。よく眠ったせいか 妙にスッキリしてる」 |
ノイル | 「……あの時……熱にうかされながら オマエの言葉が染み渡ってった」 |
ノイル | 「コイツには、何もかも 曝け出していいんだと思えた」 |
ユヒル | 「……!」 |
ノイル | 「情けねぇ姿も、弱ぇところも 内側で淀んでる感情も――後ろ暗い過去も。 オマエになら見られてもいい」 |
ノイル | 「ようやく、長年引きずってたモンと 向き合えそうだ。今すぐにはキツイとしても、 もう……迷いはしねぇよ」 |
ドロシー | 「実際、世界のどこかには 星々の力が溜まっている、不思議な場所があって。 どんな願いでも叶えてくれるそうですよ」 |
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ユヒル | 「あ、だからここも願いの泉って 呼ばれてるとか? ほら、星が水の中に 溜まってるように見えるから」 |
ドロシー | 「ええ、そういう説もあります」 |
ユヒル | 「願いを叶えてくれる力が、溜まる場所……。 せっかくだし、駄目元で祈ってみようかな」 |
ユヒル | (誰も大きな怪我なんてせず、この旅が 無事終わりますように……。 死罪を帳消しにできますように……) |
ユヒル | (そして……家に……家に、帰りたいのかな? どうだろう、わからないけど―― ……廃墟で何かを、見つけられますように) |
ユヒル | 「……ねぇ、ドロシーは? ドロシーだったら何を願うの?」 |
ドロシー | 「俺ですか。星に祈る気はありませんが、 もしあるとしたら、俺の願いは……」 |
ドロシー | 「あなたが生きていてくれれば、 それだけでいい――」 |
カイゼ | 「動かないでくれ……。 髪が引っ張られて痛いはずだ。 このまま……じっとしているといい……」 |
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ユヒル | 「なっ……なっ、……なんで……っ」 |
ユヒル | (み……耳元に、息が……。 く、口づけられて動きたいのに、髪の毛が――) |
カイゼ | 「ほんの数本の髪。それでも君は 縛り付けられて身動きが取れない。 例え、こうされても――」 |
ユヒル | 「やぁ……っ」 |
カイゼ | 「ほら……逃げられない。 離れたくても、離れられない……」 |
カイゼ | 「これなら、怯えて逃げられることもない。 ふと気づいた頃に、廃墟へと 旅立ってしまうこともない」 |
カイゼ | 「ずっとずっと君を 手元に置いておける……」 |
クロード | 「ああそうか……何を食べたか 実際に味わってみればいいのか」 |
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クロード | 「なあ、そのまま口、あけてろよ――」 |
ユヒル | 「……!!」 |
クロード | 「……んっ……ぁあ……。 昼に俺が作った、シチューの味がする。 他は、特に不審な感じはないか……」 |
クロード | 「念のため、もう少し――んっ……」 |
ユヒル | (うっ、ぐ……ち、窒息、する……っ) |
クロード | 「はあ……大丈夫そうだな。妙な味はしない。 本当は何も食べてなかったんだろ……?」 |
ユヒル | 「あ……ぅ……た、食べて、 なかった、です……」 |
クロード | 「なんだ、心配かけるなよ……。 まったく悪い奴だな。ああ……よだれ、垂れてる。 ……んっ……」 |
モリィ | 「……まだ、駄目だよ。 まだたっぷり残ってる――んっ……」 |
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ユヒル | 「っ……んぐっ……」 |
ユヒル | (苦……し……っ。こんなこと、されたら―― あの拷問、思い出して……余計にひどく……っ) |
ユヒル | (き、傷を癒やしてなんかいない……。 抉られてる……今のモリィさんの傍にいたら こ……壊される……っ) |
モリィ | 「……可愛いね……僕のヒナドリ――」 |
モリィ | 「ああ……ちゃんと全部飲めたね……。 偉い偉い、いい子だ。 ほら、お兄さんがいっぱい褒めてあげるよ」 |
モリィ | 「気持ち良くなっただろう……? 恐怖も不安もしまって、蓋をして鍵をかけよう。 今度こそ、開いてしまわないように……」 |
ノイル | 「……ハッ……可愛いじゃねぇか……。 どうせ捻じ伏せんなら、 こっちのが、オレ好みだ」 |
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ノイル | 「他の獲物と違って、オマエは特別なんだ。 腹を満たすだけじゃなくて もっと深いトコも満たしてぇ……」 |
ノイル | 「そういう溶けた目も……悪くねぇし――」 |
ユヒル | (このまま……噛みつかれるって、 わかって、る……でも……) |
ユヒル | (この感情に、呑まれてしまいたい……。 現実から……目……逸らしたい……) |
ユヒル | 「ノ、ノイル……手、握って欲しい……」 |
ノイル | 「ん、いいぜ……。ちゃんと握っててやる。 最期にイイ思いくらい、させてやりてぇからな。 他に何して欲しい?」 |
ユヒル | 「あ、頭、撫でて欲しい……」 |
ノイル | 「わかった。触手が何本もあって良かったぜ。 抱きかかえたままで、撫でてやれんな」 |
全部、錯覚だ。全部まがいものだ。 なのに奥底からじんわり満たされていく。 愛されている錯覚に染められていく。 |
ドロシー | 「ただでさえ負傷して動けない中……。 何度も刺し貫かれ、激痛に悲鳴を上げて―― ねぇ……痛かったですよ……?」 |
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ユヒル | 「あ……あぁっ……ごめんなさい……。 ごめんなさいごめんなさい……っ」 |
ドロシー | 「ああ……お嬢様。息を整えてください。 過呼吸になってしまいます」 |
ユヒル | 「ご、ごめ……本当に、ごめんなさい……っ」 |
ドロシー | 「なぜ謝るんですか? お嬢様は何も悪くない。 本当は俺を傷つけたくなかった……そうですよね?」 |
ユヒル | 「う、うんっ……もちろんっ。 傷つけるつもりなんて、なかった……!」 |
ドロシー | 「お可哀想に。嫌だ嫌だと思いながら、 俺を刺し続けたんですねぇ。ナイフを放したくても 指先さえ自由は利かなかった……」 |
ドロシー | 「目の前で俺が、血まみれのドロドロに なってくのをただ見つめるだけ―― さぞかし怖かったことでしょう……」 |