僕はティーカップの中で揺れている塩漬けの八重桜を眺めた。
先刻から、どうも彼女の様子がおかしい。
僕がこの桜湯を作り始めた頃からだと思う。
妙に照れ臭そうに、言葉少なに笑んでいる。
彼女の表情から、僕が何か恥ずかしい真似をしてしまった予感はあった。
しかし、一時の恥のために真実の追究を諦めてはいけない。
僕の問いに、更に彼女の顔が赤くなった。
何かあるのだ。だが、今更引けるわけもない。
僕は身を乗り出して叫んでしまった。
僕はいたたまれなくなり、すっかり花開いた八重桜を凝視めた。
彼女はいっぱいに目を見開いた後、これ以上ないくらい赤くなった顔で僕を凝視める。
そう、僕の妻となるのは彼女だけだ。
この桜湯は、丁度良い予行だと思えばいい。
彼女は微笑み、ティーカップに指を添える。
不勉強ではあったが、彼女がこんなふうに喜んでくれるのならもう僕は満足だ。
嬉しげに言い、彼女は桜湯を一口飲む。
そして、浮かぶ八重の花びらと僕の顔と、部屋の中をゆっくりと眺める。
僕は思わず部屋を眺めた。
人生は、本当に何が起こるか分からない。
一年前の僕は自殺未遂をやらかした無力で世間知らずな子供だった。
自分の手で何かを手に入れることも守ることも出来ず、誰かを愛することも、愛されることも知らなかった。
そして今───少しは大人になったつもりだが、彼女の目に僕はどう映っているのだろうか。
桜湯も知らない、情けない恋人だと思われていなければいいが。
僕はいてもたってもいられなくなり、彼女を引き寄せて唇を重ねた。
洩れる吐息に桜の香りがふわりと混ざる。
優しく囁き、僕の髪をなでる。
少しくすぐったいが、彼女の指の感触は大好きだ。
そう、予行なのだ。彼女が本当に僕の妻になる時まで。
明日は二人で帝都の桜を愛でる。
だから僕は今夜、この花を愛でる───などと言っては気障過ぎるか。
黙っておこう。