僕達はその小さな公園の、二つしかないベンチの片方に並んで腰掛けました。
帝都大からアパートまでの大きな道を少し横に逸れたところに、この小さな公園はあります。
恐らく震災の後に整えられたものでしょう、舶来風の洒落たベンチも煉瓦造りの花壇もそう古さを感じません。
なのに、桜だけはもうしっかりと根を張り、見事な枝振りです。
今夜は丁度満月、月明かりに照らされる薄紅の花びらの何と美しいことでしょうか。
このままずっとここで毎春、咲き誇って欲しいものです。
もっとも───僕にとって一番美しいのは桜ではありませんが。
言い掛けて僕はつい彼女を眺めてしまいました。
ふと、彼女にお団子を食べさせてあげたいな、などと思ったのですが、
桜を愛でる雰囲気ではなくなってしまいそうで我慢しました。
きっと彼女はゆっくり花を眺めたいでしょうし、その邪魔をすることは避けるべきです。
彼女は桜の花を眺めながら、同じ色の桜餡のお団子を幸せそうに頬張っています。
その横顔を、僕もまたひどく幸せな気持ちで眺めていました。
こんなに美しく可憐な女性が、僕を愛してくれたのです。
一緒に汚れると言ってくれたのです。
僕達が出逢ってこの春で一年。
去年は独りでぼんやりとこの桜を眺めていましたが、今年はこうして彼女が横にいてくれます。
ただ───彼女は僕にとって初めての恋人で、それはつまり恋人とお花見するのも初めてということで、
何だか僕はずっとそわそわしていて、結局桜よりずっと美しいこの存在を、こっそり眺めるしか出来ないのでした。
やがてお団子を食べ終えた彼女が、僕に微笑みました。
彼女も僕と同じことを考えていたようです。嬉しくて、どうにも言葉が出て来ません。
彼女が余りにも無邪気にそう言うので───僕は喜びで息苦しい程でした。
どうやら一年後も、彼女の側にいられるようです。
こんなことを言うと怒られそうですが、やはりまだまだ不安です。
彼女を愛する気持ちは誰にも負けない自信がありますが、
牛乳を飲む量を増やしてみても思うように背は伸びず、そのうちヒタキ君に追い抜かれないか心配です。
こんな素敵な恋人に釣り合う男性になりたいと日々願っているのに、神様は無慈悲です。
僕はとうとう、彼女に顔を寄せ───口付けてしまいました。
桜色の唇が、とても美味しそうだったので。
来年も、再来年も、ずっと彼女とこうしてお花見出来ますように。
御利益がありそうな桜の古木にこっそり願いながら、僕は彼女を抱きしめました。