巡回の帰り道、俺達はウエノ公園の桜の下を歩いていた。
彼女はとても機嫌良さそうに夜桜を眺めている。
実は昨夜、研究部や事務局の面々とフクロウの花見をしたのだ。もちろん紫鶴さんや昌吾、鷺澤も巻き込んで。
それはそれで非常に楽しかったが、俺はどうしても二人きりで桜を眺めたくて、こうして今夜、道草しているわけだ。
重く言ったつもりではなかったが、思い掛けず彼女は足を止めた。
ヒタキ君のあの事件があったのは、去年の桜の頃だ。
それは俺と彼女の───『再会』を意味する。
昨夜、もちろん彼女は一口も酒など呑まなかったが、いつもよりは確かにはしゃいでいた。
乱痴気騒ぎ───もとい、賑やかな宴の空気に酔ったのだろう。
『再会』した時の彼女の、この世の終わりのような青ざめた顔を思えば、みんなと明るく笑う姿に感動すら覚える。
これも、重く言ったつもりではなかった。
だが彼女はいきなり眉をひそめた後、何故か俺を軽く睨んだ。
思わず笑ってしまい、また睨まれる。
言い掛けて彼女は俯いた。
彼女は照れ隠しのように、大袈裟に溜め息をついた。
すると、まるで見計らっていたかのようにひらりと桜の花びらが舞って、彼女の前髪に落ちた。
俺は薄紅色のそれを、そっと剥がした。
彼女は不思議そうに俺を凝視める。
恥じらう彼女を前に、つい抱きしめそうになり───俺は危ういところでその手を引っ込めた。
ここは花見客で賑わう公園で、俺達はまだフクロウの制服を着ている。
昨年、稀モノの事件が帝都を騒がせたことが切っ掛けとなり、
『帝国図書情報資産管理局』という組織はそれなりに有名になってしまった。
こんな場所で、私的で不道徳な行為に及ぶのは良くない。
彼女もそんな俺の態度に気付いたようで、小さく苦笑している。
俺はやんわりと彼女の背中を押し、歩き出した。
そう、早くあのアパートに戻ってこの制服を脱いでしまわなければ。
さっき言い損ねた言葉がある。
『また一年後もこうして二人で桜を見よう』───抱きしめて囁いて、口付けるつもりだったのに、制服に邪魔されてしまった。
俺も彼女も仕事を尊び、愛しているが、こんな時だけはこの制服が憎い。
だから早く彼女の部屋に辿り着いて、引き剥がしてしまうのだ。
さっきの桜の花びらのように、速やかに、彼女の躯からこの邪魔な制服を剥ぎ取ってしまうのだ。
俺はそれが許される立場になったのだから。