総集
ブルーベルの花が咲き乱れる美しい森の中で、膝をついたアプローズを見下ろしながら『彼』は嗤った。
――そんなざまで大丈夫なのか? ちゃんと俺の願いを叶えられるんだろうな? と。
(手の甲が、焼けるように熱い。それに、頭の中に……っ)
強化されたばかりの『視妖の手』は思うように制御できず、視たくもない光景がアプローズの中に流れ込んでくる。炎に包まれる家。家だけでなく、草木も――それから切り裂かれ、無残に横たわるヒトビトまでも……
「う、あ、ああああああああああっ……!」
「お嬢!!」
ジョンに強く肩を掴まれたアプローズは、なんとか現実に戻ってくることができた。
「制御できないなら無理しなくていい。この力がなくても復讐は遂げられる。遂げられるように俺が動くから。だから――」
心配そうに顔を覗き込んでくるジョンへ、アプローズは頑なに首を振る。そして精一杯の虚勢を張って『彼』を睨んだ。
「……大丈夫か、なんて愚問よ。私は自分の願いを叶えるためにあなたと『契約』したの。どんな手段を使っても女王や五家に一矢報いるって決めたんだから……苦痛なんて耐えてみせる。その結果あなたの願いも叶えることになるでしょうね」
――それは頼もしいな。期待してるよ。
そう言って『彼』はまた嗤う。どこまでも尊大な態度はいかにも『彼』らしかったが『期待してる』という言葉は案外本心だった。
※※
王宮・玉座の間にて。
五家の代表となった五人はそれぞれの思惑を抱えながら女王との謁見に臨んでいた。
女王・ティアはそんな彼らの内心を慮る様子もなく、楽しそうに見目麗しい五人の貴公子たちを眺めた。
「また会えて嬉しいわ。でもそう……久しぶりね、というほどではないのかしら。特にライナ、あなたの顔はよく見ているわよね。いつもローアンを守ってくれているもの」
「仰る通りウォードは日々ローアン、そしてグランド・アルビオンの治安維持に努めています。ですが陛下……私であっても一年ぶりのお目通りになります」
「あらそうだったかしら。つい昨日のことだと思ったのに私の勘違いなのね。エドもアルもルークも、毎日顔を合わせているような気がしているのに……ねえ?」
「……恐れながら私たちと陛下では時間の流れ方が異なるのではないかと」
「まあ! 随分意地悪なことを言うのね、ルーク。それを言ったら私だけじゃなくて――」
「陛下。『楽しいこと』についてお話しされるために私たちを呼んだのではないですか?」
「……ふふ、そう。そうだったわね。博覧会についてお話ししましょうか」
話題が脱線する雰囲気を察し、軌道修正するように口を挟んだアスコットをちらりと見てから、女王は再び口を開いた。
「今回の博覧会はエド、あなたが取り仕切ってくれるのよね?」
「はい。滞りなく博覧会を開催し成功を収められるように、骨身を惜しまず働くつもりです」
「あら、そんなに気負わずもっと力を抜いてもいいのよ? 皆も力を貸すのだし……そうそうアル、あなたは特に頼りになるはずよね。前回の博覧会もよく覚えているでしょう?」
「ええ、もちろん覚えています。前回の博覧会についても、それから今日に至るまでの様々な出来事についても……忘れられないことは多々あります」
「ふふ、あなたは本当に頼もしいわね。それにアルだけでなくここにいる皆、頼りになると私は思っているわ。ねえ、可愛い子たち……これからも私と一緒にこの國を守っていきましょうね?」
慈愛に満ちた笑みを浮かべてティアが一同を見回すと、ある者は力強く頷き、またある者はやや目を伏せながら小さく首を縦に振った。しかしどこか夢うつつな女王は、彼らが示した反応の意味を深く考えることは終ぞなかった。
END