ジョン(前編)

「……お嬢、支度はすんだか」
「ええ、終わっているわ」

振り返ったアプローズの姿を見て、ジョンは少しだけ切ない気持ちになる。
アプローズの『今』の姿はもう見慣れたと思っていたはずだった。それでも改めて暗い髪色や真新しいメイド服を見ると、彼女が復讐に向けて本格的に動き出したのだと突きつけられるようで胸がつまる。

(復讐だけを拠り所にしてお嬢はここまで生きてきた。女王や五家のやつらに報復することが唯一の望み。お嬢が望んでいるから……俺はそれを叶えるんだ)

噛みしめるように心の中で反芻するが、つい引きとめたい衝動に駆られてジョンはアプローズの方へ手を伸ばした。

「……ジョン?」
「タイが曲がってる。直してやるからじっとしてろよ」

(俺の悩みなんてどうでもいい。お嬢に不安な顔をさせたら駄目だ)

「懐中時計の使い方も、最後にもう一度おさらいしておこう。当分の間はこれで連絡を取り合うことになるんだからな」
「昨日も確認したのに? もう、あなたって本当に心配性ね」

少し膨れながらもアプローズの表情がどこか嬉しそうに見えて、そのことにジョンはほっとする。

「ほら、隣に座れよ。まだ時間はあるんだろ?」

ジョンがソファへ促すと、アプローズは素直に腰を下ろした。