こんばんはー。……あれ、もう閉店かな?
フロアにだれもいないなんて。

いますよー。

うわ、びっくりした!
たしか君、泉翠くんだっけ。

いやー、一杯のコーヒーでこんな時間までねばってしまいました。
……やっぱり読書には身が入りませんでしたが。

あ、いらっしゃい彩瀬さん。

もう閉店だった?
もしそうならまた今度出直すけど。

ちょうど閉店準備を始めたところ。
でも、いつものケーキとコーヒーでよかったらすぐに出せるよ。

おっ、ありがとう。それじゃお願いね。

ふぅ……やっぱりここは落ち着くな。

つい長居したくなっちゃうんですよね。

そうそう、居心地がいいのかな。
普段は持ち帰りすることが多いんだけど、たまーに店でゆっくり食べたくなるんだよね。

いらっしゃいませ、彩瀬さん。
ご注文の“雪解けのマロンブラン”です。

やあ、征一郎くん。
パティシエ自ら持ってきてくれるなんて、ありがたいね。

彩瀬さんは大事なお客様ですからね。
それに、今日はもうほかのお客様もいませんし。

はい、コーヒーおまちどうさま。

ありがとう。本当はもっと早く寄るつもりだったんだけど、いろいろあって遅くなっちゃって。

仕事のほう、あいかわらず忙しいんですか?

まあそれもあるけど、今日はヘアカットのデザインをひらめいてね。
イメージを描き留めてたらいつのまにかこんな時間になっててさ、驚いたよ。

時間を忘れるほどなんて、すごいですねぇ。

インスピレーションを得たんだ。
このあいだ久しぶりに遊園地に行ったから、目先が変わったのかもしれないな。

それってデート?

まあ、そんなところかな。ふふっ、楽しかったな。
あんなにワクワクしたのもドキドキしたのも、ずいぶん久しぶりだった。
大人っぽい彼女、すごく魅力的だったな……。

ワクワク、ドキドキですか……いいですねぇ。

あれ、君にはいないの? そういう相手。

残念ながら。
まぁ、気になるひとがいないと言えばウソになりますが……。

…………体育倉庫。

え? 蒼史、なにか言った?

ううん、なんでもない。
彩瀬さん、コーヒーのおかわりいる?

お、気が利くね。
それじゃ、いただこうかな。

遊園地がいい刺激になってよかったですね。
ひらめいて思わず時間を忘れてしまう気持ち、よくわかります。

征一郎くんだと、たとえば新作ケーキの試作とか?

ええ。ついこの間も、新作のケーキを知り合いに試食してもらったんです。
ひとの感想を聞くと参考になるし、創作意欲も刺激されますから。

いいねー。
その新作ケーキ、いつから食べられるの?

……いろいろあって、それは未定なんですが。

そういえば、お昼休みに徒狩さんが残念がってたっけ。
ラム酒を使った新作ケーキ、征一郎さんに食べさせてもらえなかったって。

……あのおしゃべりめ。

ちょっとお酒が利きすぎてたんでしょ?

お酒に弱い人だと、ちょっとしたアルコールでも酔ってしまったりしますからねぇ。

それは残念だな。
お酒が入ったちょっぴり大人の味、彼女と一緒に食べるのもアリかと思ったんだけど。

それって、さっき言ってた彼女?

うん。まぁ彼女って言っても、別にまだ付き合ってるわけじゃないんだけどね。

ぜひ、今度おふたりでいらしてください。
ラム酒のケーキじゃないですけど、大人向けのケーキもいくつかありますし。

え? いや、いらしてっていうかさ、さっき言った彼女っていうのは……。

おつかれさまでーす! いやー、疲れた疲れたー。
……っと、まだお客さんが!?

あ、僕らのことならお気になさらず。

徒狩くん、ゴミ捨てご苦労様。
今日は量が多くて大変だったでしょう?

はい、でもアイツが手伝ってくれたおかげで助かりましたよ!

あれ? お姉さんって、おつかいのあと厨房の後片付けしてなかった?

ゴミ捨て一緒に行ったあと、今までオレが手伝ってたんだ。
ふたりでやったほうが効率いーだろ?

それは、たしかに。

あ、そういえば、ゴミ捨てに外に出たとき流れ星が見えたんですよ!
隣見たら、アイツ一生懸命願いごとしてて。
その表情が……。

……って、あれ? なんか空気おかしくないですか?

別にそんなことないでしょ。

別に気のせいじゃないかな。

別に普通ですよね。

別にこんなものだと思うよ。

えええっ!? やっぱおかしいですって!
「別に」をこんなに連発されたの、生まれて初めてですよ!!

……なんかさ、彼ってちゃっかりイイ思いしてそうなタイプだよね。

え? 今なんか言いました?

いや、別に。

また「別に」!?
オレなんかしました? ねえ、ちょっとー!