あ、いらっしゃい泉翠さん。
来てたんだ。
はい、来てました。
いやぁ、フェリーチェのコーヒーはいつ飲んでもおいしいですねぇ。
ありがとう。
そう言ってもらえると伯父さんも喜ぶと思う。
ところで、彼女は……今日は姿が見えませんね。
お休みですか?
お姉さんならおつかいに行ってるよ。
もうしばらくかかると思うけど。
それは残念。
では、読書でもしながら少し待たせてもらおうかな。
……お姉さんになにか用事でもあるの?
いえいえ、大事な後輩と親交を深めたいだけですよ。
彼女と本の話をしていると、とても楽しいんです。
わざわざバイト先に来てまで?
たしか同じ学校でしょ。
学年が違うと顔を合わせる機会も少なくて。
バイトあがりに家までお送りがてら、ゆっくりお話でもできればと思いまして。
それに、暗い夜道を女性一人で歩かせるのも心配ですからね。
「生徒会長として生徒の安全を守る」という僕の理念にもピッタリです。
生徒会長としての理念?
それってなんだかこじつけじゃない?
あはは、バレましたか。でもまったくの冗談でもないんですよ。
実は先日、体育倉庫に閉じ込められてしまうというハプニングに見舞われまして。
へー、そんなベタなできごと、本当にあるんだ。
いやぁ、お恥ずかしい。
しかもその際、後輩も一緒に閉じ込められてしまったんです。
僕は猛省しました。
生徒を守る立場にある僕が、大事な後輩を危険に巻き込んでしまうなんて、と。
……もしかして、その一緒に閉じ込められた後輩って、お姉さん?
おや、よくわかりましたね。
まさかふたりっきりで?
おやおや、蒼史くんはエスパーですか?
なんとなく想像ついただけ。
大変だったね。
ええ、あれはもうかなりの大ピンチでした。
しかしそこで、ピンチをチャンスに変える名案がひらめいたんです!
お姉さんとふたりきりでチャンス……その名案って?
閉じ込められた時間を、彼女との楽しいおしゃべりタイムに変えてしまいました。
ああ、そうなんだ。
あれ? なんだかホッとしませんでした?
気のせいだよ。
おや、そうですか?
まあ、結局無事だったわけですが、もし携帯電話を持っていなければ
最悪翌朝まで閉じ込められていたかもしれません。
……一緒に閉じ込められたのが僕でよかった。
これが万が一、他の男子生徒だったらと思うと気が気じゃありません。
たしかに、そう考えると泉翠さんでよかったのかも。
本当にまったくです。僕だったからあの程度で済んだんですよ。
しかし、もしずっとあのままの体勢でいたらと思うと……
いくら僕でも理性を保てていたかどうか。
え?
彼女のぬくもりを感じながら……一晩中助けがこなくてもいいと思ってしまいました。
……楽しくおしゃべりしただけなんだよね?
ええ、もちろん…………結果的には。
結果的には?
いえいえ、なんでもありません。
……ねえ、もしかしてお姉さんってもてるの?
そうですねぇ……学年が違うのでなんともいえませんが、
中には想いを寄せるひともいるかもしれません。
しかし、どうして急にそんなことを?
この前、忘れ物を届けにお姉さんの学校まで行ったんだ。
そうしたら、けっこう男子と女子が仲よさそうに見えたから。
なるほど。しかしそれだけでは、彼女がもてるかどうかを
気にするような理由には聞こえませんが……。
お姉さん、まだ誰とも付き合ったことないっていってたけど、
ねらってるひとは多いのかと思って。
彼女がまだ誰とも……?
蒼史くん、その情報はいったいどこから?
お姉さんの学校に行った帰り、一緒にちょっと寄り道したときに話したんだ。
なるほど、それはうらやましいですね。
そうだね。
お姉さんのキレイな手も近くでじっくり見られたし。
……おや。
お姉さんの真っ赤になった恥ずかしそうな顔も可愛かったな。
……おやおや。
あんな気持ちになったのは初めてだな。変だけど、嫌じゃない気持ち。
一緒にいると落ち着くのに、なんだか落ち着かない気持ちにもなって……。
……年上のひとを可愛いと思ったのなんて、初めてだった。
蒼史くん、もしやそれは……。
あ、ごめんなさい。
他のお客さんが来たから、もう行かなきゃ。
……気になりますね。
蒼史くんと彼女の間になにかあったのか、それともなにもなかったのか、それとも……。
やれやれ、どうやら今日は読書に集中できそうもありませんね。