イーノ
「にしても。 このはちみつ本当に美味しいんだよね~~」
大げさに身振りまでつけて、まるで誰かにわざと聞かせているようなボリュームだった。
イーノ
「ケーキにつけると本当に絶品でさ~。 ねえ? 食べたいよね~?」
イーノ
「――きみも」
凪咲
「えっ……!!」
先ほどまで遠くにいたはずのイーノが、瞬く間に私の間近にいた。
凪咲
(い、いつの間に……!)
驚きで固まる私の手首を、逃がすまいとしてか、イーノが掴んできた。
凪咲
「きゃっ!?」
イーノ
「ふふっ」
路地裏の更に奥まった場所まで連れて行かれ、壁に追い詰められる。
イーノは私の顔を興味深そうにのぞき込む。
首筋に彼の吐息がかかり、緊張に震える体をくすぐった。
イーノ
「盗み聞きするくらい俺に興味あるんだぁ。 いや~、嬉しいなぁ」
イーノが私の耳元でささやく。
凪咲
「ね、ねぇ……イーノ、何する気なの……?」
背中に冷たい壁が触れる。
私を壁に追いやりながら、イーノは不敵に笑う。
凪咲
(いつものイーノと違う……? やっぱり、さっきのは見たらマズいところ だったの……?)
目の前のイーノは笑顔なのに、私は心の奥底に恐怖心を抱いていた。
イーノ
「どんな風に思った? テオと話してるの聞いて」
凪咲
「それは……」
イーノは、小瓶の蓋を開け、はちみつを指ですくいとる。
イーノ
「はちみつ、美味しいんだよ? 良かったら、分けてあげる」
凪咲
「あっ……」
はちみつで濡れた彼の指がそっと私の唇に触れた。
唇の形を確かめるみたいに、とろりとした液体でゆっくりとなぞっていく。
イーノ
「美味しいよ、舐めてごらんよ」
イーノの声はあくまでも優しく、甘い。
唇に塗られただけなのに、甘い蜜のにおいにくらくらとした。
凪咲
(なんで……いつもなら やめてよって言えるのに……)
イーノの雰囲気がいつもと少し違うからかもしれない。
冗談や軽いスキンシップのノリじゃなくて、まるで禁忌に誘いこむかのように。
見てはいけないものを見てしまった私を許し、引きずり込もうとするみたいに。
凪咲
(どうして私、動けないの……)
強く拘束されているわけでもないのに、彼の視線に搦めとられて動けない。
甘い蜜が唇をなぞるたび、体の奥底からゾクゾクと震えて動悸が早くなっていく。
イーノ
「たれちゃうよ? ほら、舐めて」
どことなく淫靡な誘いに感じた。