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拓磨 | 「ゴホン……あー、実はだな。この紙袋にはタイヤキが2つ入ってる」 |
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珠紀 | 「うん……入ってるね」 |
拓磨 | 「分けて食べろってサービスされたんだよ。だからその……お前、ひとついるか?」 |
珠紀 | 「え、いいの?」 |
拓磨 | 「ああ、こ、こういうのはひとりで食うより、誰かと食った方がうまいんだよ」 |
目の前に、ちょっと乱暴なぐらいの勢いでタイヤキが突き出される。 こういうところが拓磨らしいところだ。 |
祐一 | 「それでもあえてこう言おう」 |
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祐一 | 「俺たちを信じてくれと」 |
真弘 | 「そういうことだ。俺たちを信じてりゃいい」 |
真弘 | 「お前が後ろに控えてるってわかりゃ、俺たちが負けるわけがねえ」 |
祐一 | 「心配はいらない。俺たちは勝つだろう」 |
珠紀 | 「……はい」 |
戦いは気持ちや気迫だけで勝てるものではない。 それは、先輩たちもよくわかってるはずだ。 それでも、絶対勝つと言われると安心する。 |
珠紀 | 「ひょっとして……寝ていましたか」 |
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祐一 | 「いや、さっき起きた」 |
珠紀 | 「そうですか、よかった」 |
珠紀 | 「体調はどうですか?」 |
祐一 | 「ああ、もう大丈夫だ」 |
祐一 | 「真弘にも礼を言っておかなければいけないな」 |
祐一 | 「お前の傷は、大丈夫なのか?」 |
珠紀 | 「……はい」 |
いつもの優しい先輩……。 ほっとしていた。 あのときの先輩はなんだか怖かったから……。 |
珠紀 | 「この棚の奥にあるレバーを引くと――」 |
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床の一部が沈んでいく――。 | |
珠紀 | 「とまあ、このように、隠し階段が出てくるわけです」 |
卓 | 「……こんな仕掛けがあったんですか。我が家には」 |
珠紀 | 「あれ、知らなかったんですか? 卓さんならとっくに知っているものだとばかり」 |
卓 | 「いや……それよりなぜ、我が家の隠し部屋をあなたが?」 |
珠紀 | 「ずいぶん前、大掃除の手伝いに行ったとき―― なんだか偶然見つかっちゃったというか……」 |
卓 | 「ぐ、偶然見つけられるレベルなんでしょうか……」 |
珠紀 | 「せっかくいい天気だし、縁側で飲もうか」 |
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慎司 | 「はい」 |
珠紀 | 「おいしいお茶だね~」 |
慎司 | 「そう言ってくれるとうれしいです。淹れ方は大蛇さんに教わったんですよ」 |
珠紀 | 「そっか……さすが慎司君、なんでも器用だなぁ」 |
遼 | 「俺が……なんのためにいると思ってる」 |
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遼の、抱きしめる腕が痛い。 | |
遼 | 「お前を守るために俺の手が汚れるのはいい。 だがな、お前はその青臭い理想を大事にしてろ」 |
珠紀 | 「遼……痛い……」 |
遼 | 「うるせえよ。俺の力が、なんのためにあると思ってる」 |
遼の身体は震えていた。 | |
遼 | 「この力は……大切な者を守るための力だ」 |
遼がいつも乱暴に振る舞って、ひとりになろうとする理由がわかった気がした。 | |
遼 | 「2度と……大切な者を失わないための力……」 |
珠紀 | 「……誰ですか?」 |
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質問には答えず、ただ冷たい目を私に向ける。 人ではないような気がした。 人にしてはきれいすぎる。 どこか死者を思わせる美しさを彼は持っていた。 まるで、完全な容姿という言葉がそのまま形になったかのような……。 | |
??? | 「邪魔をするな」 |
珠紀 | 「立てる?」 |
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小さくうなずいてくれる。 言葉の意味は……わかるみたい。 | |
??? | 「あ……り……と」 |
珠紀 | 「……ひょっとして、ありがとう?」 |
??? | 「……ありがとう」 |
??? | 「ありがとう」 |
彼は私の手をしっかりと握った。 |
卓 | 「珠紀さん、 そこの答えが違っていますよ」 |
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珠紀 | 「え……ほ、ほんとですか!?」 |
答えのページで確認。 た……確かに間違ってる。 基本問題なのに……。 | |
卓 | 「みなさん、真面目に勉強した方がいいですよ。 狐邑君なんかほら……」 |
祐一 | 「すー……すー……」 |
真弘 | 「あーあ、寝てやがる……」 |
珠紀 | 「色々と諦められている……」 |
遼 | 「なにしに来たんだ、狐邑のヤツは」 |
そんないつも通りに効率の悪い、 でも、いつも通りに 楽しい勉強会は過ぎていく。 1年前、私と一緒に戦った守護者は、 こういう人たち。 |
背の高い男の人……。 私たちが追いかけてきた人影と違う? ゆっくりと階段を下りてくる。 そのたびに、その身体から放出される力が 増していく……。 | |
珠紀 | 「……あなたは、誰?」 |
ニール | 「我が名はニール」 |
珠紀 | 「ニール……あなたが」 |
階段を下りきり、 私たちを見渡す視線は、 人間とは思えないほど冷え切っていた。 ロウ人形の、ガラス玉のような目……。 目の前にいるこの男が、 ロゴスの三賢人を全て殺した……。 手のひらに、汗がにじむ。 |
??? | 「彼らは薬師衆。 ここ1年の間に編成された対霊戦闘の エリート部隊」 |
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??? | 「お目にかかれて光栄です。 終末から世界を救った玉依姫。 春日珠紀さん」 |
珠紀 | 「……あなたは?」 |
??? | 「失礼。 申し遅れました」 |
五瀬 | 「五瀬新。典薬寮の幹部と 捉えて頂いて、差し支えありません」 |
五瀬 | 「我々は【国】の意志の執行者。 ここで起きている事象を沈静化させる という義務を負っています」 |
ぱくり、と。 拓磨が玉子焼きをひとつ口に含む。 もぐもぐと味わっている間も その反応をじーっと見守った。 | |
珠紀 | 「……味はどう?」 |
拓磨 | 「……うまい」 |
珠紀 | 「……! 本当!?」 |
拓磨 | 「ああ。……いや、本当に美味い」 |
よかった……。 全身の力が抜けるような感覚を覚える。 |
珠紀 | 「……真弘先輩、まだ怒っていますか?」 |
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真弘 | 「……怒るも何も、意味がわかんねーよ」 |
真弘 | 「お、おまえはいきなりあなたとか 言ってきやがるし」 |
真弘 | 「それからことあるごとに、 俺の世話を焼きたいみてえなこと 言ってくっから――」 |
真弘 | 「どうしたらいいかわかんなくなって 混乱してるとこに、狗谷のあれだ」 |
真弘 | 「~~~あいつが俺に【父さん】って 言ったんだぞ!?」 |
真弘 | 「気持ち悪いを通り越して、 頭おかしいんじゃねえかって疑ったぜ」 |
真弘 | 「なのに、おまえまでノリノリで 家族ごっこを始めるしよ……」 |
真弘 | 「おまえも狗谷も あの変な状況に順応して、 俺だけぎゃあぎゃあ言って……」 |
真弘 | 「まるで、俺の方がおかしいんじゃねえかって ……ちっと不安になっちまった」 |
珠紀 | 「きれい……」 |
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頬を撫でる柔らかい風に乗って、 無数の桜が音もなく舞い散る。 | |
祐一 | 「ああ。とても心が落ち着くな」 |
珠紀 | 「はい」 |
さっきまでざわついていた心が、 ウソみたいに静まっている。 凪いだ海のように穏やかな気持ちで、 私は桜の舞いを見つめていた。 | |
祐一 | 「……悩んだ時や、心を落ち着かせたい時、 俺は自然の木々を見るようにしている」 |
祐一 | 「俺が生まれるずっと前から、 何十年もの時を風雨に晒され続け、 それでも大地に根付き続ける力強さ――」 |
祐一 | 「その姿を見ていると、 自分の悩みが小さいものに思えてくるんだ」 |
祐一 | 「……人の感情や思惑に流されることなく、 ありのままに生きることは難しい」 |
祐一 | 「だからこそ、ありのままで生きる草木を 見ると、心が落ち着くのかもしれない」 |
珠紀 | (ありのまま……) |
卓 | 「良かった。目が覚めたんですね」 |
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珠紀 | 「……卓さん。 ごめんなさい」 |
私は目を伏せる。 | |
卓 | 「いいえ、謝るのは私の方です」 |
卓 | 「結界を展開するのが遅かったため、 あなたの体に負荷をかけてしまいました。 これでは守護者失格ですね」 |
珠紀 | 「そんなことないです!」 |
珠紀 | 「私、卓さんに注意されていたのに カミさまの領域に 踏み込もうとしていたんです」 |
舞を終えて、私のすぐ近くで カミさまが息を潜めているのがわかった。 黒々とした目が私をじっと見つめ、 声なき声を拾ってしまうことができる 状況に――私は、応えようとしてしまった。 境界線が曖昧なままカミと 意思を交わしてはいけない。 卓さんが私を強く引き止めてくれなかったら、 私はここにいなかっただろう。 |
ナイフとフォークを手に取り、 テリーヌを食べやすい大きさに切る。 | |
珠紀 | 「……うん、すごく美味しい!」 |
口の中に入れた瞬間、 ひんやりとした食感が広がる。 | |
慎司 | 「本当ですか!? 良かったあ……」 |
珠紀 | 「見た目も綺麗だし、 味も抜群に美味しい。 お店で出す料理に負けてないよ」 |
珠紀 | 「ううん。お店以上の味かもしれない」 |
慎司 | 「そんな、大げさですよ……」 |
慎司 | 「ですが、先輩が喜んでくれて良かったです」 |
珠紀 | 「ここまでしてもらって、 うれしくないわけがないよ」 |
珠紀 | 「美味しいのは本当だけど、 慎司君が私のために頑張ってくれたのが 嬉しくて仕方ないんだ」 |
珠紀 | 「な、なんで!? なんでこんなことになってるの……!?」 |
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私の下には何故か遼がいて。 体勢的に私が遼を 押し倒しているようにしか見えない。 | |
遼 | 「俺の主は意外と大胆だな」 |
珠紀 | 「ち、ちちち違うの! わ、私はべつに遼を押し倒すつもりなんて ぜんぜんなかったの。信じて!」 |
遼 | 「なら、今の状況をどう説明するんだ?」 |
珠紀 | 「それは、えーっと……。 不可抗力。そう不可抗力なんだよ!」 |
遼 | 「おまえの意思で思いっきり 俺を押し倒したのにか?」 |
珠紀 | 「う……! 押し倒そうとしたんじゃなくて、 押し返そうとしたんだよ……」 |
遼 | 「ま、口ではなんとでも言えるな」 |
珠紀 | 「~~~~~」 |
珠紀 | 「ケテルさん。私……もうケテルさんと 会えないんじゃないかって思ってました」 |
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珠紀 | 「ケテルさんが帰ってくるまで 待つって約束したのに」 |
珠紀 | 「ケテルさんに会えない寂しさに 押しつぶされそうになってたんです」 |
珠紀 | 「ケテルさんを一瞬でも信じられなく なった自分が嫌で、ほんとは こんなことしてもらう資格なんて……」 |
最後まで言い終わらないうちに、 額にキスが落とされる。 | |
珠紀 | 「……え?」 |
ぱちくりと目を瞬かせ、額に落ちた熱に 私の頬がさっきよりも赤く染まっていく。 | |
珠紀 | 「な、な、な、な……」 |
ケテル | 「おまえを不安にさせたのは私の責任だ」 |
ケテル | 「おまえが一瞬とはいえ、 疑ってしまったのは仕方がないことだ。 それを私は責めようとは思わない」 |
ケテル | 「おはよう、珠紀」 |
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珠紀 | 「あ、はい。 おはようございます……」 |
珠紀 | 「って、そうじゃなくて! なんでケテルさんが ここにいるんですか!?」 |
ケテル | 「おまえの寝顔を見るために来た。 とても可愛らしい寝顔だったぞ」 |
珠紀 | 「……! か、可愛らしいって……」 |
ケテル | 「ああ。寝言を言うおまえの姿も、 涎を垂らして気持ち良さそうに 寝ているおまえも、とても可愛らしかった」 |
珠紀 | 「寝言聞いたんですか!? 私、涎を垂らして寝てたんですか!?」 |
珠紀 | 「は、恥ずかし過ぎる……! あ、穴があったら入りたい……!」 |
ケテル | 「何を恥ずかしがる必要がある? 私は自然体のおまえも可愛いと思った」 |
ケテル | 「だから、隠さずにもっと おまえの顔を見せてくれ」 |
凛 |
「……あなたはとてもかわいらしい人です。 微笑みは陽だまりのように温かい」 |
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凛 |
「その愛らしい笑顔で、 数多の人々に癒しと安らぎを与えています」 |
珠紀 | 「凛君……」 |
凛君とは思えないセリフに くらりと眩暈がしたけれど……。 顔を真っ赤にして、ガチガチに 緊張している凛君を見ていると、 頑張ってと応援したくなってしまう。 |
珠紀 | 「うわあ、美味しそうだね」 |
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蓋を開けて、感嘆の声をあげる。 目に優しい色合いのお弁当は、見ているだけで ほっと心を和ませてくれる。 | |
凛 |
「美鶴様に協力してもらいましたが、 ほとんど1人で作りました」 |
凛 |
「ですから、あまり見た目は よくありませんが…… 何度も味見をしたので、味は保証します」 |
凛 | 「どうぞ召し上がってください」 |
珠紀 |
「ありがとう。 うーん……何から食べようかなあ……」 |
ふと目に留まったのは 卵とコーンを混ぜて握ってある 色鮮やかなおにぎり。 | |
珠紀 | 「これからいただこうかな」 |
少し形は崩れちゃってるけど、 おいしそう。 ひとつ手に取って、口に運ぶ。 凛君は、そんな私の動作ひとつひとつを 緊張した面持ちで見つめていた。 | |
凛 | 「ど、どうでしょうか……?」 |
珠紀 |
「……美味しい! 色も春らしくて鮮やかだし」 |
慎司 |
「拓磨先輩、合格おめでとうございます。 僕、真弘先輩の次に拓磨先輩のことが 心配だったので、これで一安心です」 |
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拓磨 |
「……おい。 おまえ、最近生意気な 発言が多くなったよな」 |
遼 |
「はっ、後輩に心配されてやがる。 おまえ、こいつと立場を 交換したほうがいいんじゃねぇか」 |
拓磨 | 「……どういう意味だよ」 |
遼 |
「直接言わなけりゃわかんねぇのかよ、赤頭。 こんなのと大学も一緒かと 思うとうんざりするぜ」 |
拓磨 |
「奇遇だな。おまえと4年間も 一緒だと思うと、俺も頭が痛いぜ」 |
遼 |
「4年もおまえの馬鹿面を見なきゃ ならねぇ俺のほうがよっぽど頭が痛いぜ。 この、脳みそ筋肉バカが」 |
珠紀 |
「2人とも、せっかくの宴会なんだから もっと楽しい話題で盛り上がろうよ」 |