「たまにはお前の髪もいじってやろーか? きれーな髪なんだから、もっと遊べよ。
や、他の男にはあんま見せたくねえけど」
そんな言葉が口をついて出たのは、朝の身支度をしている最中。いつものように自分の髪を結んでいたら、『意外と器用よね』と言われたことがきっかけだった。量が多く広がりやすい髪質だから結ぶのが習慣的になっているが、こんなのは適当だ。
「いじりがいありそうっつーか。こんだけ長いと、色々できそうだよな」
「……やってもらいたいかも。自分でやるとけっこう時間かかっちゃうのよ」
長い黒髪を指で梳きながら、どんな髪型にも出来そうだと考える。――が、さらさらと指を通り抜ける感触を楽しんでいたら、勿体ないと思う気持ちのほうが勝った。自分は思ったよりこの長い髪を気に入っているらしい。
「……やっぱやめた。いいんじゃね、そのままで」
「え? ……なにその、急に面倒くさくなったみたいな……」
「そうじゃねーよ。今度どこにも出かけねえ時にやってやる」
「……どうして? 普通、逆じゃない?」
不思議そうに振り返った顔を見ながら、どう言葉にしようかしばし考えた。
ただでさえ恋人の風貌は目立つ。滅多にしない髪型をして外出先で注目を浴びるのを隣で見るのも気に入らない。逆に、何もしなくとも風になびくこの透き通った黒髪は視線を集めるから、それを自分だけが触っていいのだと他の奴に知らせてやりたい気持ちもあった。
「オレだけに見せりゃいいだろって話」
結論を短く告げれば、目前の顔は驚きに目を丸くしてから、頬を赤く染めた。