今日も時計塔広場には多くの人が行き交う。犬の散歩をする人、待ち合わせをする人、近道で通る人。様々な人間が住み、誰一人として同じ人間はいない。私たちに共通することと言えば――呪われているということだろうか。
私たちは当たり前のように呪いにかけられている。番人として働く私も、少し離れたところで時計塔の扉を守っている同僚も、幼馴染の廻螺も、たった一人の肉親である弟・泣虎も、この場所に住む人間全てが呪われている。まやかしのようにも思える美しいガラスの街。代り映えのない日々。変わらない私の人生。
時計塔の扉の横に立ち、そう呟く。そんな私の独り言を気にする人間など一人もいない。聞かれていたとしてもなんてことはない、すぐに忘れ去られてしまうような独り言だ。
変化を求めることは悪いことではない。変化が起これば新しい発見もあるだろう。例えば醜い芋虫が美しい蝶へと変化するように。何と素晴らしいことだろうか。その美しさを全ての人間が兼ね備えることが出来れば、世界は今より美しくなる。
足元のガラスに反射した太陽が眩しく、思わず目を細めた。
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純粋すぎる弟に苦笑を零す。どうやら仕事が終わるタイミングを狙って声を掛けてきたらしい。と言っても、一時間程前から泣虎が噴水の縁に腰掛けながら、まだかまだかとこちらを窺っている様子は目に入っていた。泣虎は休日だったのだろう、見慣れた白い服ではなく私服を着ている。
声がする方へ振り向けば、そこには私たち兄弟の幼馴染でもある廻螺だった。苦笑いを浮かべている様子からして、相当泣虎の声が響いていたのだろう。
口をとがらせむくれる様子は最年少らしいと思わず微笑んでしまう。一人は血の繋がりはないが、可愛い弟たちには変わりない。
二人の関心はすでにケーキへと移り、どのケーキが良くて、どれが好きだの嫌いだのと楽しそうに話している。
この光景がいつまでも変わらなければ良いと思う。それと同時に、全て変わってしまった世界を見たいと望む自分もいる。二律背反とも言える感情が心地良くゆらりゆらりと揺れ動いた。
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困った弟たちだと苦笑しながら、店員に頼む。
透京の外の話となると、廻螺はわかりやすく寂しげな表情を浮かべた。私と泣虎は透京の『番』の人間のため、外へ出る機会もある。しかし、廻螺は身内に外へ出ることを禁じられているため、憧れは増すばかりなのだろう。透京には廻螺のような家庭は多い。呪いのため、いつ死ぬかわからない。だったらせめて大切な家族だけは、と外へ出ることを禁じるというのも頷ける。
永遠に失われた生と、誕生した永遠の死。その二つを眺めていたい。
――死は美しいと思う。例え、それが救いのない孤独だと世界が叫ぼうとも、この歪んだ心は“美しい死”だけが救ってくれるのだから。
兄である私のためにという気持ちは有難い。だが、廻螺のいう通り自分で捕らないと意味がない。私自身で蝶の生を終わらせるところから、全てが始まるのだから。
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自分の部屋に飾ってある蝶の標本を見せれば、廻螺は目を輝かせながら綺麗だねと呟いた。
額という狭くも静かな世界に閉じ込められた色とりどりの蝶。整然と並んだ姿がまた美しさを際立たせており、毎日見ている光景だというのにいつ見ても飽きることはない。
なんとなく腑に落ちないといった表情で首を傾げたままの廻螺だったが、自分の中で納得させたのか、泣虎を引き連れ部屋を出て行った。ココアをもらう、という一言を添えて。
二人が出て行った後、出しっぱなしだった展翅板を片付けようと机を見れば、見慣れないガラスの靴が置いてある。それも左足だけ。
先程までなかったはずの靴だが、興味をそそられ手に取ってみれば、そこにはメッセージカードがあった。
『綸燈[リンドウ]=ウェステリア 様
このガラスの靴にあう者が、あなたの願いを叶えるだろう』
恐らく今私が想像している人物が差出人だろうと思い浮かべながらそっと笑みを零す。何故これを置いていったのかは不明だが、代り映えのない日常がまた少し歪んだような感覚に、胸が期待に震えた。