秋月栄次郎
「怪我をしているね。無理をするとよくない。
負担をかけると治りも悪くなるよ」
秋月栄次郎
「……ほら、乗って」

秋月さんがしゃがんで、私へ背中を向ける。

佐野ゆずりは
「大丈夫です……!
秋月さんだって疲れているのに」
秋月栄次郎
「いま休んだから、もう元気だよ。
おじさんでもまだまだやれるさ」
秋月栄次郎
「それより、日が落ちる前に戻りたい。
夜になると危険だからね」

お互いの身のためにも、急いだほうがいい。

そう理解して、秋月さんの言葉に甘えることにした。

秋月栄次郎
「よっ、っと……っとと」
秋月栄次郎
「うん。よし。
乗り心地は大丈夫かな」
佐野ゆずりは
「大丈夫です、ありがとうございます。
……あの、重たくないですか」
秋月栄次郎
「なんの。赤ん坊を背負ってるみたいだよ」
佐野ゆずりは
(それは嘘だとすぐ分かるけど……)

気の遣い方が大げさでちょっと笑ってしまう。

今日は秋月さんも、
体に想定外の負荷がかかったはずだ。

でも、私を背負って歩く足取りは
思いのほかしっかりとしている。

身を預けた背中の広さは、
これまでの印象以上に頼もしい。

佐野ゆずりは
「あ……!
秋月さん、ここ、血が出ています」
秋月栄次郎
「え、本当? 気づかなかった」

二の腕に赤く血が滲んでいる。

慌てて手ぬぐいを巻きつけて、きつく結んだ。

秋月栄次郎
「いてて……、ありがとう」
佐野ゆずりは
「大丈夫ですか……!?」
秋月栄次郎
「大丈夫。
このくらい、名誉の負傷だ」

秋月さんはからっと笑う。

秋月さんが笑うと、
心配ごともたちまち軽くなっていくようだった。