「……ううん……」

珠紀は両眉を寄せ、肩までかかっていた布団を両手で掴むと、目深まで被る。
そうすると今度は布団の長さが足りず、両足が外気にさらされることになり、 堪らずに布団をずり下ろす。
その後、何度も同じことを繰り返していたがとうとう観念したのか。
珠紀は布団から這い出ると、のろのろとした動作で窓まで移動した。

「な、なんでこんなに寒いの……?」

両手に息を吹きかけて、ゆっくりと窓を開ける。
すると――。

「わぷっ……」

寒風とともに白い結晶が部屋に入り込んできた。
珠紀は2度3度と目を瞬かせ、一面銀世界に覆われた外の様子にぽかんと口を開ける。
そしてはっと我に返ると、窓を勢いよく閉めた。

「な、なんで雪……!?  昨日まですっごい晴れてたし、天気予報でも晴れマークがついてたのに……」

窓から壁にかけてあるカレンダーに目を移し、 珠紀は小首を傾げる。

「でも、そこまでおかしいことでもないのかな……?」

12月に突入した季封村で、雪が降ることはなんら珍しくない。
むしろ、降らない方が珍しいくらいだ。
だから、ここまで驚く必要はないのだが……。
今年は暖冬と言われ、今日までさっぱり雪を見なかったせいか、
もしかしたらこのまま春に……という思いが 少なからず珠紀の中にあったのだろう。

「うう……。朝食は温かいものにしよう……」

珠紀は両腕をさすりつつ、静かに部屋を後にしたのだった。



* * *



雪は昼頃には止んだが、昨晩から休まずに降り続けたせいか、 辺りにはこんもりとした雪が積もっていた。
この雪のせいか参拝客はなく境内は静まり返っていたが、 それも長くは続かない。
新雪を踏みしめるきゅっきゅという足音と共に、
宇賀谷家に居候している凛と、ロゴスの復興活動のため、 諸外国を回っているケテルが現れたからだ。

「わあ……! すごい、一面真っ白です……!」
「ああ、美しいな」

2人が雪景色に感心していると、 彼らの後を追うようにして守護者の面々が姿を現す。

「はー。ここも結構積もってますね」
「おう。こんだけありゃ雪合戦ができるな!」
「雪合戦か……。小さいころ、よくやっていたな」
「確か、犬戒君も一緒でしたよね?」
「はい。でも、卓さんは参加してませんでしたよね」
「当時、私が参加していたら色々とずるいでしょう?  大人と子供のケンカのようなものですよ」
「……っち。くだらねぇな」

聞こえてきた声に凛は雪景色から守護者の面々に視線を移し、 花が咲くような笑みを浮かべた。

「みなさまも、こちらにこられたんですね」
「ああ。俺たちが家にいても、手伝うことがないからな」
「むしろ邪魔になってましたよね。特に真弘先輩とか」
「おい、慎司。もっぺん言ってみろ。俺の! 何が! 邪魔してたっつーんだ?」
「珠紀の目を盗んでつまみぐいすることじゃないっすか。
 おかげで、俺たちまで追い出されたんすから、真弘先輩は少しは反省してください」
「ちっげーよ。あれは味見をしてたんだ!」
「いや、あれは明らかにつまみぐいだろう」
「ええ。できた料理に片っ端から手をつけるんですから、味見とはいえませんよね」
「はっ。こいつだけ昼飯抜きでもかまわねぇな」

誰一人として真弘を庇う者はおらず、 ここぞとばかりに責め立てられて、真弘は肩をいからせて叫んだ。

「だーっ。うっせーな!  俺が味見っつってんだから、味見なんだよ!」
「逆切れか」
「逆切れだな」

祐一とケテルの声がきれいに重なる。
見た目もほとんど変わりがないため、2人が並んでいると双子のように見えなくもない。

「と、とにかく……だ!  家にいられねえ俺たちが外に出た。
 そして、こんだけの雪がある。つったらすることは1つしかねえ……。雪合戦だ……!」

声高々に叫んだ真弘の言葉に、守護者の面々はうろんな眼差しを寄越し、
ケテルは考え込むような素振りを見せていたが、凛だけは反応が違った。
きらきらと目を輝かせ、真弘の言葉にわかりやすく食いついている。

「あのあの、真弘様。雪合戦とはどのようなものなのでしょうか?」
「雪を丸めて投げ合うゲームだ!  雪玉があたったら負け。最後まであたらずに残ってた者が勝ちだ」
「へええ……。なんだかとっても楽しそうですね!」
「んじゃ、やってみっか!
 つってもただ投げ合うだけじゃつまらねえし……、 なんか賞品があったほうが面白いよな」
「はあ……。てめぇらだけで勝手にやってろ」

遼はやってられないとばかりに背を向け、 他の守護者たちも何ともいえない顔をしていたのだが……。

「……そうだ! 賞品は珠紀との1日デート券なんてどうだ……!?」

その瞬間ピシリ、と空間が凍りついた。
それまでまったく興味がないといった空気が流れていたのに、 真弘の発した言葉でがらりと空気が変わってしまう。
みんなの目に共通して宿るのは、絶対に負けられないという思い。
この場に珠紀がいれば、全力でそんなことはさせられないと言うのだろうが……。
当の本人は台所で昼食作りに精を出していたりする。

「おい、鴉取。俺の主は俺のモノだ」
「おいおい、狗谷君。何言っちゃってんのかな?」
「そうだぞ。珠紀は将来、狐邑の姓を名乗ると決まっている」
「おやおや、それは初耳ですね。彼女には大蛇姓を名乗ってもらう予定ですが……」
「ちょ、ちょっと待ってください!  みんなで好き勝手なこと言ってたら、珠紀先輩が困るじゃないですか」
「じゃあ、おまえは不参加だな」
「いえ、参加しますよ。僕だって先輩たちには負けませんから」

静かに火花を散らす守護者とは対照的に、 ケテルと凛はこの状況に戸惑いが隠せないようだった。

「……珠紀様の許可も取らずにやるのは、よくないと思うのですが……」
「おまえの言い分はもっともだが、彼らはすでにその気になっている。
 止めるのは難しいだろう」
「……はい。ですが、このままでは珠紀様が困ってしまいます。
 守護者のみなさまと争うのはとても心が痛みますが……。
 僕も、参加しようと思います。そして勝って、珠紀様をお守りします!」
「そうか。ではライバルになるな、凛」
「ケテル様も参加なさるのですね……」
「ああ。デートという行為には興味がある。
 恐らく珠紀となら、何かしら得るものがあるだろう」
「……ふむ。全員参加か」

祐一がみんなの顔を見渡し、うなずく。

「よーし! じゃあ、ちゃっちゃと始めるか!」

真弘の言葉が合図となり、みんなは負けられない戦いへと突入した――。



* * *



「……よし、こんなもんか」

拓磨が両手でぎゅっと固めた雪玉を見て、満足げな吐息を吐く。
さて、誰に標的を絞るか――と辺りに目を走らせていると、 無防備な後頭部に雪玉があたった。

「これで1人脱落だな」

癇に障る声に、拓磨は一瞬にして誰が自分に雪玉をあてたのか察する。

「くーたーにー」

拓磨は地の底から這うような声を出し、 遼をぎろりと睨みつけると、雪玉を全力で振りかぶった。

「ぶっ……」

雪玉は遼の顔面を直撃し、粉々になった雪の欠片がぱらぱらと落ちる。

「赤頭……。よくもやってくれたじゃねぇか」
「さきに仕掛けたのはそっちだろ、灰色頭!」
「やるか?」
「やってやろうじゃねえか!」

すでに脱落組みなのだが、そんなことはお構いなしに2人はせっせと雪をかき集めて、雪合戦を始める。
それを離れたところから見ていた卓はやれやれと肩を竦めた。

「まあ、あの2人は予想通りとして……。
 犬戒君、君も違う人を狙いにいったほうがいいんじゃありませんか?」
「大蛇さんこそ、僕に構わず他の人を狙ったどうでしょう?」
「……そうですね。ではいっせーのせで背を向けましょうか」
「わかりました。……いっせーの」
「せっ」
「…………」
「…………」
「大蛇さん? なんでまだこちらを向いてるんですか?」
「犬戒君こそ、どうしてこちらを?」
「ふふ……」
「ふふふふふ……」

2人のただならぬ様子に、あえて挑もうとする猛者はいない。
祐一は何とはなしにその様子を見ていたが、
決着がつきそうにもないことを悟ると、目の前の人物に視線を移した。

「見てろ、祐一。こいつに、あたれば……ひとったまりもねえぞ!」

真弘は額から出る汗を拭いつつ、雪玉にしては大きい――
かなり大きすぎる物体を転がし、さらに巨大なものへと変えていく。

「あまり無理をするな、真弘」
「いいから、おまえは黙ってそこで見てろ!  ……よし、こんなもんか」

巨大雪玉をぽんぽんと叩き、真弘は渾身の力で持ち上げたのだが……。

「と、っとと……。お、お、お? う、うわあああああ!」

べしゃっという無残な音を立てて、真弘は巨大雪玉に踏み潰される。
もがーもがーと助けを呼ぶ声を聞き、祐一はさして驚いた様子もなく、淡々と真弘救出へと向かった。
そんな風に守護者たちが騒ぐ中、ケテルと凛はというと――。

「ふう……。こんな感じでしょうか?」
「ああ。いいと思うぞ。ちなみに私はこうなった」
「わあ……! お月様みたいにまんまるですね!  僕のは……ちょっと形が崩れてしまいましたね」
「いや、おまえの方がより正確だ。私のは1ミリほどずれている」
「そ、そうなのですか……?  雪玉作りは奥が深いのですね!」

といった感じでとても穏やかな時間を過ごしていた。
雪合戦というより、雪遊びに興じている姿はどことなく微笑ましいものがあるが、
この調子では卓や慎司とは別の意味で決着がつきそうにない。
そこに、全身をびしょびしょに濡らした拓磨と遼が幽鬼のようにゆらりと現れた。
両手には雪玉が握られ、口元には笑みを浮かべている。

「た、拓磨様? 遼様……?」

2人の姿に気付いた凛が戸惑いの混じる声をあげたが、
それには答えずに2人は目配せをしあうと、ゆっくりと雪玉を振りかぶった。

「……脱落者同士が手を組んじゃいけねぇってルールはなかったよな?」
「こいつと組むのは癪だが……。背に腹は代えられないからな。悪いな、凛。ケテル」
「え? え? え、ええええ!?」

――こうして、思った以上に息のあった2人の攻撃は、 全員脱落という快挙を成し遂げたのだった。



* * *



「うー。ひーっくしょん。あー、くそさみぃぃ……」
「あれだけ盛大に雪を被れば当たり前だ」
「つっても、おまえだってさして変わんねえだろうが!」
「はは……。拓磨先輩と狗谷先輩のせいで、みんなびしょびしょですからね」
「ええ。このままではみんな、風邪を引いてしまいますよ。
 家に戻ったら、珠紀さんに事情を説明して――」

「うーん、どこに行っちゃったんだろう……。
 あ、いたいた。みんな、ご飯ができましたよー!」

きょろきょろと辺りを見回していた珠紀が、みんなの姿を認めると大きく手を振る。
距離が離れているせいか、みんながぐっしょりと濡れ鼠になっていることには気付いていないらしい。

「……さっきは決着がつかなかったし、
 一番最初に珠紀の元に行ったヤツが勝ちってことにするか」

ぐるりと周りを見渡し、真弘が意気揚々と宣言する。
みんなは真弘の言葉に頷くと、目に闘志の光を宿らせて爪先に力を込めた。
事情を知らない珠紀がみんなに追い掛け回され、日が暮れるまで逃げ続け――
昼食を逃した挙句、珠紀にこってり絞られるのだが、それはまた別の話だ。



END
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