「雪うさぎ」【雅刀】

シナリオ:霜島ケイ

「……目は赤い南天の実をふたつ、で……笹の葉の耳をつけて」

春日山城を離れ、雅刀と一緒に移り住んだ地で、初めての冬が巡り来た。初雪が舞ったのは数日前。今は野も山もすっかり雪に埋もれてしまっている。

「でーきたっと。うん、カワイイ」

満足げに笑って道端の雪だまりから立ち上がったとたん、後ろから盛大なため息が聞こえた。

「……あんたは、こんなところで何をやっているんだ」

「わっ、雅刀!? ビックリしたぁ。いつの間にいたの?」

を竦めて真奈が振り返ると、ムッとした顔が見下ろしている。

「たった今だ。別に気配を殺していたわけじゃない。あんたがぼうっとしていて、俺に気づかなかっただけだ」

「え、そんなことは……」

ないとは言えない。今の今まで雪遊びに熱中していたのは本当だ。

「ねえ見て、雅刀。雪うさぎ。カワイイでしょ」

真奈が嬉しそうに指さした先、雪をはらった切り株の上に、両手にのるくらいの大きさのうさぎがちょこんと置いてある。赤い木の実をはめこんだ目、笹の葉の耳、雪で作ったうさぎはなるほど愛らしくはあるが。

「まったく。近くの農家に用があると言って家を出たきり、なかなか戻って来ないと思えば」

雅刀の口から、またもため息が零れた。

「もしかして、捜しに来てくれたの?」

「あんたのことだから、どうせどこかで滑って転んでいるか、穴にでも落ちているんじゃないかと思ってな」

「あ、ひどい。穴になんか落ちませんよーだ。……でも、心配してくれたんだ?」

「別に。心配などしていない」

(もう、素直じゃないんだから)

ぷっと頬をふくらませた真奈を見て、雅刀は苦笑する。その手を掴むと、言葉よりもずっと優しく、彼女を自分のほうに引き寄せた。

「雅刀?」

「馬鹿。こんなに冷たくなって。……霜焼けにでもなったらどうするんだ」

真奈の手に自分の両手を重ねるようにして、ハアと息を吹きかける。

「あ、ありがとう」

指先から温もりが広がって、心臓の鼓動が早くなる。

(ずるい、こんなの)

たった今まで素っ気なかったくせに、不意打ちでこんなふうに優しくするなんて。

「ほら、帰るぞ」

しばらくして真奈の手を放すと、雅刀はさっさと踵を返した。

「待って、雅刀。足が速いよ」

「知るか」

「あのね、雅刀」

「何だ?」

「甘えてもいい?」

自分だけドキドキしたのが、ちょっと悔しいから。

「は?」

返事を待たず、雅刀の羽織の中にするりと潜り込んで、ぎゅっと腕にしがみついた。

「わあ、あったかーい」

「……お、おい」

雅刀の声がいっぺんにうろたえる。

「あんたは、どうしてそういう……」

「だって私は雅刀の奥さんだもん。これくらい、いいでしょ?」

「う……」

「ダメ?」

「い、いや」

かまわない、と低い声が聞こえて、見上げると雅刀は赤い顔をして横を向いていた。それが可愛いなんて言ったら、それこそむくれられそうで、真奈は笑いながら雅刀の腕に頭を寄せる。

「こんな日は、あったかいおでんが食べたいね」

「……具材から手作りする気か?」

「あ、そっか。この時代はおでんってまだないんだっけ」

「味噌田楽ならあるがな」

「じゃあ、おでんは無理だけど、今日はうんとあったかいものを作るね」

ああ、と答えた雅刀の足取りは、さっきよりもずっと緩やかで。二人で寄り添いながら、雪の積もった道をゆっくりと歩いて家に向かった。


「雅刀? ……どこへ行っちゃったんだろ」

夕餉の支度が出来たから声をかけたのに、返事がない。

(外にいるのかな)

土間に下りて外をのぞいてみる。

「あ……」

雅刀の姿はそこにもなくて、でも代わりに見つけたのは――

(雪うさぎ?)

戸口の横に積もった雪の上に、掌にのるほどのうさぎが二つ、並んでいた。ちゃんと南天の実の目と笹の葉の耳もついていて、大小で対になった夫婦の雪うさぎだ。

(これ……雅刀が作ったんだ)

「可愛い」

あの雅刀がどんな顔でこれを作ったんだろうと想像すると、ちょっと可笑しい。

(でも、嬉しい)

なんだか思いがけない贈り物をもらったみたいで、胸の中がほこっと温かくなる。

「大きいほうが雅刀で小さいほうが私、なんて。あ、でもそれだったら……」

真奈は対の雪うさぎの前に屈み込むと、小さいほうをそっと動かして、もうひとつのうさぎにピッタリと寄り添わせた。

「これでよし、と。雅刀のこと大好きだから、離れていたくないもんね」

その時、後ろで軽い咳払いが聞こえた。
ギクリとして振り向くと、雅刀が戸口にもたれる格好で、何とも言えない顔でこちらを見ている。

(うわ、今の聞かれた……!?)

本人に言うより、独り言をうっかり聞かれるほうがなぜだか恥ずかしい。

「あ、ご、ご飯できたよ!」

頬が熱くなるのを感じて、慌てて家の中に駆け込もうとしたとたん、腕を掴まれ強引に抱き寄せられた。

「ま、雅刀?」

「……あんたは……まったく」

苦笑するような声とともに、素早く唇が重ねられる。

「いきなり言うな、そんな事。こっちの心臓がもたない」

やがて唇を離すと、真っ赤になった真奈の耳元で雅刀は囁いた。

「あ、あの……ご飯、冷めちゃうよ……?」

「かまわない」

「でも……」

「飯より、あんたのほうがいい」

「……!?」

二度目の口づけは、さっきよりもずっと優しくて甘かった。雅刀の腕に搦め取られ、その温もりを全身に感じて、真奈は目を閉じる。
互いの呼吸と鼓動が深く溶け合うような長い間のあとに、ふたたび掠れるような低い声が聞こえた。

「わかってないだろうが。あんたはいつも俺を……とてつもなく、幸せにしてくれる」

(知ってるよ)

だって私も今、こんなにも幸せだから。
一緒に幸せになろうというあの日の約束を、あなたがこうして惜しみなく果たしてくれているから。

「大好き、雅刀」

「ああ」

指を伸ばして、雅刀の頬にそっと触れた。優しく見下ろしてくる目を、のぞき込む。

「愛しているって言って?」

かすめるように唇が触れて、いつものようにそれが言葉の代わりかと思ったら、雅刀はまっすぐに彼女を見て微笑んだ。

「――真奈。あんたが、愛しい」


いつしか、空から白いものが舞っていた。
降りはじめた雪は音もなく、寄り添う対の雪うさぎの上に静かに、静かに積もっていった――。