バレンタインのお返しをやる、そう言ったらオマエはいらないと答えた。
その代わり、オレの願いをひとつ、教えてくれなんて言いやがったな。
それを叶えたいと。

オマエにひとつだけ願いがあるとすれば、とある場所に一緒に行って欲しい。
ただ着いてくるだけで良いから。

多分、オレはそこで泣いちまうかもしれねぇし、
柄にもなく叫んだりするかもしれない。
みっともないこのオレを、見たくねぇなら最初から断れ。

でも、オレは、オマエと一緒にその場所に行きたいと思ってる。
今まで、ずっと勇気が出なかったその場所に。
オマエとなら行ける気がする。

天気は、少し曇りの日が良い。
アイツは、曇りの日が好きだったから。
雨が落ちてきそうな曇天を、ベッドの上から覗き込みアイツは良く笑っていた。
雨が降れば、この傷だらけの身体も、少しは癒されるんじゃないか、って言いながら。
でも、オレは雨が好きじゃねぇ。
切り刻まれたこの身体の傷が、ヒリヒリと痛む、そんな気がするんだ。

だから、オレは雲が低く垂れ込める、そんな日をずっと待っている。
ただ、そんな時に、ふと傍らにオマエがいると幾分かは安らげそうな気がする。

オマエに、こんな甘ったれたことを言うのも酷い話だと思うけどよ、
もしわがままが許されるなら、今、オレはオマエにそれを望んでる。

アイツの墓に、花を手向けるこのオレの姿を目に刻みつけていて欲しい。
お前が証人だ。例えオレがおかしくなっても。
オレは、オマエが「アイツはもういない」と言ってくれるなら、きっと信じられる。

チョコ、美味かったぜ。ありがとな。


……オマエはずっとオレの傍にいろ。

鹿野葵
実に気に入らない。お前は何を思ってあんなものを寄越したのか?
部活中に散々聞かせたつもりだったが、どうも伝わっていなかったらしい。

俺は敦盛印のチョコしか食わん。そう言ったはずだ。

――が、まあ……100歩譲って、お前の寄越したあのチョコは
そう悪いものではなかった。敦盛印には叶わんがな。
ぎりぎり礼を言ってもいいレベルだったぞ。

ありがとう、な。

礼を言うだけじゃつまらん男だと、蘇芳が言っていたが、
俺はそれ以上に何をすればいいのか分からない。
金でもやればいいのか? と言ったら、蘇芳に吹っ飛ばされた。

金以外にこの世の価値を形にできるものがあるものか。
蘇芳は意外にロマンチストな夢想家のようだ。

とはいえ、ひとつだけ。
それ以外で俺の万感の思いを形に出来るものを思い付いた。

今、この手紙をお前が読んでいる頃、
俺は飛行機に乗ってお前の住む街に向かってる。

どういう意味か分かっているな? 覚悟しろよ?
――今夜はお前を寝かさない。

とっておきの鎖も用意した。
右手を空けて、待っていると良い。

それでは、また後で。

鹿野敦盛
誰も来ないこの家に、人が来たと思ったらキミからの贈り物を携えていた。
正直、驚いたよ。
2月14日がそういった意味を持つだなんて、忘れていたからね。

便りがないのは元気な証拠。
人はそう言うけど、こうして君が生きているという便りを
実感するのも悪くはないね。

チョコレートの甘さはいささか俺には刺激的だったけれど。
でも、これを口にすることにより、君との禁じられた恋を
俺はまざまざと、そして改めて思い知ったよ。

君は今、何をしている? どうしている?
元気にしているか? 泣いてなどいないだろうか?

俺は、こうして便りを書く相手がこの同じ空の下に生きている。
そのことだけで、天にも昇る心地だよ。

大げさだと思うだろうけれど、逢えない日々が俺の心を繊細にするんだ。
分かってくれると嬉しい。

――名にしおはば いざ言問わん都鳥 わが思う人はありやなしやと

君が生きていることだけが俺の支えだから。

ひとつ贈り物を送るよ。
気に入ってくれると……嬉しいな。

藤隷人
バレンタインデーの日にチョコを寄越すなんてあなたはなんて馬鹿なんだ。
僕が喜ぶと思ったんですか? 馬鹿馬鹿しい。
商業主義に冒されたその脳みそを、お茶をかき混ぜるように
ティースプーンでぐちゃぐちゃにしてやりたい気分です。

なんて強がっていても、僕の顔の綻びは隠せなかったみたいで。
随分と回りの人たちにお節介を焼かれました。

それもこれも、あなたのせいですからね。

でもまあ、あなたがこうして贈り物を寄越したことは
あなたが元気であることの証拠だから、よしとしましょう。

チョコは美味しくいただきました。
返してくれと言われてももう無理ですから、ご愁傷様。

まったく、僕が結構甘い物好きだなんて良く分かりましたね。
馬鹿なあなたにしては上出来だと言わざるを得ません。

たまに、僕は時折あの敦盛さんのチョコを失敬していたのです。
あなたがそこに気付いていたとは驚きでした。
まぁ、馬鹿野兄弟に気がつかれない自信はありますけどね。

僕はそんなあなたの目ざといところも嫌いではありません。

とりあえず、借りを作るのは嫌ですから、お返しをします。

いいですか? 決して人には言ってはいけませんよ?
特に……あの侘助さんには、ね?

では、また会える日までごきげんよう。

西園寺芹
舞台に立っていると、つい、観客席に君の姿を探してしまう。
私は愚かなピエロだ。

ピエロはピエロ。特定の誰かさんに愛を振りまくことは許されない。
それなのに。君だけのために、私はいつも笑顔を振りまいてしまう。

笑い返すのは君ではない。
それは分かっているのに。なぜかそこに君を思いながら
私は常に舞台に立っている。

昔は常に、不特定多数の誰かのために笑っていられたのに、
今はそうすることは難しい。

それもこれも、ひとえに君のせいだと理解して欲しい。

今や私は、君のためという枕詞がつかなければ
どんなことも、息をすることだって、出来ないらしいよ。

君が私を生かしている。
それは理解しておいて欲しい。

全人類が死滅しようとも、君さえいれば私は笑っていられる。
私は史上最凶のエゴイストになってしまった。

責任、取ってくれるかな?
なんてね。

チョコレートありがとう。
笑い疲れた私には、とてもよい薬だった。

今度は君の目の前で、君だけの為に笑いたい。
近いうちに、君に会いに行くからね。

君に似合うと思って、ささやかだけど贈り物をしました。
気に入ってもらえると嬉しいな。

八重原ダリア
これは、本気だって思ってもいいのかな。
義理とかじゃない? お兄ちゃんだからって言われたら、
おれすごく傷つくからな?

お前にこうしてチョコレートをもらうのは、何度目だろうか。
もらうたびにおれの心が傷ついていたことは、
今のお前になら分かってもらえると思う。

チョコにはいい想い出がない。
まずこうして毎年毎年“義理”っていう言葉を押し売りされてた。
そして、あの兄弟ががつがつ食ってた。
それだけでチョコという存在は、俺にとって罪を背負った食べ物だった。

でも今、目の前にあるチョコは、
おれに史上最大の幸福をもたらしている。
複雑なキブンだよ。
バレンタインデーにチョコをもらって、微妙な気持ちになるなんて
このおれくらいなものなんじゃないかな。

勿体なくって、まだ食べられてない。
毎日毎日、箱を空けて眺めているだけで、ひとつも口に出来てない。
ある意味、どんな高価な食材よりもこのチョコはおれにとって貴重。

ああ、自分でも気持ち悪くなってきた。
心配しないで? おれは正常だから。

とりあえず、お返しだよ。

いままで義理だって傷つけられてきた思いも込めちゃったよ。
常に、お前の目に入るようなものを選んでみた。

……喜んで、くれるよな?

兼田侘助